1895年創業の足利銀行は、2003年11月[1]、金融再生法に基づき預金保険機構による特別危機管理を受けて事実上の国有化に至った[2]。栃木県を地盤とする地方銀行として戦後の高度成長期から地域経済の融資中核を担ってきた一方、バブル期の不動産融資・建設業向け融資・系列企業向け融資の不良債権処理が遅れ、2003年9月期決算で連結最終損失5,178億円を計上、自己資本比率がマイナスに転落したことで、預金保険法に基づく国有化処分が発動された。地方銀行が公的資金注入を受けた事例は複数あるが、預金保険機構による完全国有化と全株式取得が実施された事例は珍しく、地方銀行業界のなかでは深刻な金融機関再建事例にあたった。
国有化後の足利銀行は、預金保険機構の指導のもとで不良債権処理と組織再編に着手した。新規融資の抑制、店舗網のスリム化、人員整理、不動産・株式の処分等を5年がかりで実行し、財務体質を立て直した。2003年から2008年までの5年間、預金保険機構が経営権を握って再建期が継続し、出口戦略として民間への事業譲渡または株式売却が検討された。複数のメガバンク・地銀グループ・投資ファンドが入札を検討するなか、最終的には野村ホールディングス・ネクスト・キャピタル・パートナーズ等によるコンソーシアム(足利HD合同会社)が落札する形で、民間への株式譲渡が決定した。
2008年4月、株式会社足利ホールディングス(旧商号)が設立された[3]。同年7月、預金保険機構より足利銀行の全株式を取得し[4]、足利銀行は足利HDの完全子会社となった。預金保険機構による国有化処分は約4年9ヶ月で終結し、足利銀行は民間銀行として再出発した。足利HDの設立当初は、コンソーシアムの民間株主(野村HD・米国系投資ファンド等)が議決権を保有する形で経営が進められ、足利銀行の財務体質改善と地域金融機関としての営業体制の立て直しが並行して進んだ。
2013年12月、東京証券取引所市場第一部に株式を上場[5]した。新規上場でいきなり東証一部直接上場という形態は、足利銀行の総資産規模(約6兆円水準)と銀行業の収益安定性が評価された結果である。上場後の足利HDは、地方銀行HDとして栃木県・群馬県・茨城県の北関東広域を地盤とする独立系の地銀グループとしての位置づけを得た。連結経常利益はFY13(2014年3月期)283億円・親会社株主帰属純利益243億円と、地方銀行HDとしては中規模の収益体質を維持した。
2015年11月、足利HDと茨城県を地盤とする常陽銀行[6](1935年創業・東証一部上場[7])との間で経営統合に関する基本合意書が締結された。当時の地方銀行業界は、人口減少・低金利環境・地方経済の縮小という3方向の圧力に対し、広域連合による規模拡大とコスト合理化で対応する経営統合の動きが加速していた。2016年4月、両社は株式交換契約書および経営統合契約書を締結し[8]、経営統合の正式契約が結ばれた。同年10月、株式交換で常陽銀行と経営統合し、足利HDは商号[9]を株式会社めぶきフィナンシャルグループに変更、足利銀行と常陽銀行の2行を傘下に持つ広域地銀HDとして再出発した。
めぶきFGは、栃木県(足利銀行・地盤)・茨城県(常陽銀行・地盤)・群馬県・埼玉県・福島県南部を含む北関東広域を主要営業地域とする独立系の地銀グループとなった。連結総資産は経営統合直後の2017年3月期末で約16兆円規模に達し、地方銀行HDとしては国内最大級の規模となった。経営統合後の経営体制は、足利銀行と常陽銀行を併存させる『持株会社+傘下2銀行』型の構造を採用し、両行の独立した営業基盤とブランドを維持しつつ、HDレベルで戦略・財務・リスク管理を統合する設計が選ばれた。代表取締役社長は経営統合直後の寺門一義氏(常陽銀行頭取)[10]からFY18の笹島律夫氏(常陽銀行)、FY22[11]の秋野哲也氏(常陽銀行)と[12]、常陽系で代々続く構造となった。
経営統合後、両行が保有していた子会社(リース・証券・信用保証・カード)の段階的統合が進んだ。2017年4月にめぶきリース(旧常陽リース)を完全子会社化[13]、同年10月にめぶき証券(旧常陽証券)を完全子会社化し[14]、リース・証券事業のグループ集約を完了させた。2020年10月にはめぶき信用保証(旧足利信用保証)[15]を完全子会社化し、信用保証事業の集約に着手した。2021年4月には常陽クレジット・あしぎんカード[16]を完全子会社化のうえ合併させ、めぶきカードとしてカード事業の統合を完了した。経営統合から5年余で、グループ傘下の機能子会社の統合がほぼ完了した。
連結業績は経営統合後の2017年3月期から拡大した。連結経常利益はFY14(2015年3月期)211億円・FY15(2016年3月期)304億円から、経営統合直後のFY16(2017年3月期)には特別利益(負ののれん発生益等)の効果で523億円・親会社株主帰属純利益1,585億円に跳ね上がった。経営統合の会計効果が消えたFY17(2018年3月期)以降は、連結経常利益635億円・FY18 695億円・FY19 532億円・FY20 541億円と、500〜700億円水準の安定した収益基盤に着地した。地方銀行グループとして安定した収益体質を、経営統合の効果で維持できた。
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|---|---|---|---|---|
| 足利銀行設立(めぶきFGの源流の一つ) | ★ | |||
| 常陽銀行設立(常磐銀行と五十銀行が合併) | ★★ | |||
| 常陽銀行が東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | |||
| 2003〜2015年足利銀行救済処理から足利HDの設立と上場 | 足利銀行の債務超過と、預金保険法に基づく特別危機管理(事実上の国有化)への移行 2003年11月29日、栃木県を地盤とする足利銀行が2003年9月中間期の債務超過を金融庁へ申し出て、預金保険法第102条第1項第3号措置の認定により特別危機管理銀行として事実上国有化された経緯。預金保険機構が全株式を取得し、営業を継続したまま公的管理下で再建が進められた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 足利HD設立 | ★ | |||
| 預金保険機構より足利銀行を完全子会社化 | ★★ | |||
| 預金保険機構からの足利銀行全株式取得による民営化と、2013年の東証一部直接上場 2003年に一時国有化された足利銀行の受け皿として、2008年3月、金融庁は野村フィナンシャル・パートナーズとネクスト・キャピタル・パートナーズを中心とする企業連合を選定した。同年4月に持株会社の足利ホールディングスが設立され、7月に預金保険機構から足利銀行の全株式を譲り受けて民営化が完了、2013年12月に東証一部へ直接上場した経営判断である。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 松下正直 | 常陽銀行との間で経営統合に関する基本合意書を締結 | ★★ | ||
| 2015〜2020年常陽銀行との経営統合とめぶきFG発足 | 寺門一義 | 常陽銀行との株式交換による経営統合と、めぶきフィナンシャルグループへの商号変更 2016年4月、足利ホールディングスと茨城県を地盤とする常陽銀行が株式交換契約書と経営統合契約書を締結し、同年10月1日に統合した。足利HDが常陽銀行を株式交換で完全子会社化して両行の持株会社となり、商号を株式会社めぶきフィナンシャルグループへ改めた。足利銀行と常陽銀行の2行を傘下に置く広域地銀グループが発足した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 寺門一義 | 常陽銀行よりめぶきリースを完全子会社化 | ★ | ||
| 寺門一義 | 常陽銀行よりめぶき証券を完全子会社化 | ★ | ||
| 笹島律夫 | 足利銀行よりめぶき信用保証を完全子会社化 | ★ | ||
| 2021〜2025年プライム市場移行と地方銀行グループとしての持続性確保 | 笹島律夫 | 常陽クレジット・あしぎんカードを完全子会社化し合併・めぶきカードに商号変更 | ★ | |
| 笹島律夫 | 東京証券取引所プライム市場に移行 | ★ | ||
| 秋野哲也 | 常陽信用保証を取得しめぶき信用保証を完全親会社とする株式交換を実施 | ★ |
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事実根拠:出所(めぶきフィナンシャルグループ)