ふくおかフィナンシャルグループ福岡銀行と熊本ファミリー銀行の共同株式移転による持株会社の設立と、親和銀行の完全子会社化

県内に預金の9割を抱える地銀は、なぜ隣県の傷んだ2行を財務ごと引き受けたか

時期 2007年4月
意思決定者(推定) 谷正明 取締役会長兼社長
論点 県境を越えた広域統合と傘下行の再建
概要
2007年4月2日、福岡銀行と熊本ファミリー銀行は共同株式移転により持株会社ふくおかフィナンシャルグループを設立し、普通株式を東京・大阪・福岡の3証券取引所に上場した。福岡銀行頭取から初代の取締役会長兼社長となった谷正明氏の主導で、同年10月には長崎県の親和銀行も完全子会社に加え、九州北部3県にまたがる3行体制となった。
背景
福岡銀行は預金の9割超を福岡県内で集める地盤集中型の地方銀行で、人口減少と低金利のもとでは県内の貸出競争を続ける以外の道が乏しかった。隣県には、公的資金300億円の資本増強を受けた熊本ファミリー銀行と、不良債権処理に追われる親和銀行があった。
内容
株式移転比率は福岡銀行1株に対し持株会社1株、熊本ファミリー銀行1株に対し0.217株。会計処理は福岡銀行を取得企業とするパーチェス法によった。親和銀行については九州親和ホールディングスから株式を総額760億円で取得する契約を結び、第三者割当増資の引受を経て2007年10月1日に完全子会社とした。
含意
2行分ののれんは合計1,800億円を超え、20年の均等償却に付された。第1期の連結当期純利益は12億円にとどまり、3行のシステム統合が完了したのは2010年1月。統合が数字に表れたのは2010年代に入ってからであった。
筆者の見解

先駆けという言葉の前にあったもの

この統合を地銀再編の先駆けと呼ぶのは後から引いた線であり、2007年の選択の中身を言い当てていない。福岡銀行が引き受けたのは、公的資金300億円の資本増強を受けた熊本ファミリー銀行と、不良債権処理に追われる親和銀行という、財務の傷んだ隣県の2行であった。谷正明会長兼社長が選んだのは、預金の9割を県内で集める安全な位置から降り、20年償却で1,800億円を超えるのれんとともに、他県の損失を財務ごと抱える道であったとみることができる。

もっとも、その道が早く報われたわけではない。第1期の連結当期純利益は12億円にとどまり、3行のシステム統合が完了したのは2010年1月、設立から3年近く後であった。親和銀行の再建には1,000億円を超える資金を投じている。熊本銀行が肥後銀行の地盤を切り崩し、九州最大の地銀グループと呼ばれるのは統合から7年ほど後であった。県境を越える統合の効果は、決めた年ではなく、傷んだ資産を処理し終えた後にようやく数字へ表れるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

県内に閉じた地銀と、公的資金を受けた隣県の銀行

福岡銀行は九州最大の地方銀行でありながら、その営業基盤は福岡県内にほぼ収まっていた。2007年3月期の預金残高6兆7,787億円のうち9割を超える6兆3,456億円が県内の顧客から預かったもので、貸出金5兆3,808億円についても8割にあたる4兆3,022億円が県内向けであった。地元経済の伸縮がそのまま収益を左右する構図で、人口減少と低金利が続くなかでは、県内の貸出競争を強める以外に採れる手が限られていた[1]

隣県には財務の傷んだ銀行が残っていた。熊本県を地盤とする第二地方銀行の熊本ファミリー銀行は、1999年12月に金融再生委員会から公的資金300億円による資本増強の承認を受け、自力調達分と合わせて440億円を積み増していた。長崎県の親和銀行も不良債権処理に追われ、九州親和ホールディングスの傘下で再建を進めていた。福岡銀行は2006年5月、まず熊本ファミリー銀行と業務・資本提携の基本合意書を交わした[2][3]

決断

共同株式移転による持株会社の設立

両行が選んだのは、片方が片方を吸収する合併ではなく、共同で親会社を作る方式であった。2006年9月に経営統合の基本合意書、10月に共同株式移転契約を締結し、12月の臨時株主総会と熊本ファミリー銀行の種類株主総会で承認を得たうえ、2007年3月に金融庁から銀行持株会社設立の認可を取得した。ふくおかフィナンシャルグループが設立されたのは2007年4月2日で、同日、普通株式を東京・大阪・福岡の3証券取引所に上場した[4][5]

形式は共同でも、実質の関係は数字に表れていた。株式移転比率は福岡銀行の普通株式1株に持株会社の普通株式1株、熊本ファミリー銀行の普通株式1株には0.217株が割り当てられた。会計処理も福岡銀行を取得企業、熊本ファミリー銀行を被取得企業とするパーチェス法によった。取得原価は635億円で、受け入れた純資産との差額605億円はのれんとして計上され、20年の均等償却に付された[6]

半年後に加わった親和銀行

親和銀行がグループに入ったのは、設立と同時ではなかった。持株会社は2007年5月、親和銀行の経営再建と資本支援を内容とする基本合意書を九州親和ホールディングスおよび親和銀行と結び、7月には同ホールディングスが持つ親和銀行株などを総額760億円で取得する株式譲渡契約を交わした。9月28日に親和銀行の第三者割当増資を引き受けて議決権の59.9%を握り、10月1日の株式追加取得で完全子会社とした[7]

親和銀行の受け入れは、熊本ファミリー銀行よりはるかに重い負担をともなった。企業結合日に受け入れた資産は2兆1,857億円、預金は2兆0,025億円と規模で上回る一方、貸倒引当金は1,706億円に達していた。取得原価1,763億円に対してのれんは1,228億円で、熊本ファミリー銀行分と合わせ1,800億円を超えるのれんを、持株会社は20年かけて償却する立場に立った[8]

結果

初年度の利益と、システム統合までの三年

設立初年度の利益は小さかった。第1期にあたる2008年3月期の連結経常収益は2,778億円、連結経常利益は259億円を確保したものの、連結当期純利益は12億円にとどまった。連結総資産は11兆3,639億円、従業員は7,646人。3行を束ねた規模は九州で群を抜いていたが、のれんの償却と親和銀行の資産処理が、その規模を利益へ変えるまでの時間を長くした[9]

グループとしての実体が整うにも数年を要した。熊本ファミリー銀行が福岡銀行・広島銀行の共同利用型基幹システムに参加したのは2009年1月、親和銀行が続いたのは2010年1月で、3行のシステム統合が完了したのは設立から3年近く後であった。2009年2月には熊本ファミリー銀行と親和銀行が持つ事業再生事業と不良債権処理事業を吸収分割で福岡銀行へ承継させ、傷んだ資産の処理を本体に集約した[10]

九州最大の地銀グループへ

統合が外から見える成果になったのは2010年代に入ってからであった。2013年4月に熊本ファミリー銀行は熊本銀行へ商号を変え、福岡銀行とのシステム統合や同行からの商品供給で力をつけて、熊本県首位の肥後銀行の地盤を切り崩し始めた。2014年時点でグループの預金量は11兆4,000億円に達し、九州最大の地銀グループとして、肥後銀行と鹿児島銀行を統合へ向かわせる圧力の一つとなった[11]

一方、親和銀行の再建には長い時間と資金がかかった。ふくおかフィナンシャルグループが同行の再建に投じた資金は1,000億円を超えた。長崎県では2019年4月に十八銀行を株式交換で完全子会社に加え、2020年10月には親和銀行と十八銀行が合併して十八親和銀行が発足した。2007年に引き受けた長崎の銀行は、13年をかけて県内首位行と一つの銀行になった[12][13]

出典・参考

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