更新:2026/09/15
最初の支店を、県内の港町ではなく東京に置いた。1882年7月、第七十七国立銀行は日本橋南茅場町に東京支店を開設している。開業から3年半後のことで、石巻支店の開設は2年後の1884年まで待った。宮城の米は江戸の時代から東京の消費を支えており、東京へ送った米の代金を早く手元に戻す必要があった。日本橋の周辺には米商会所と株式取引所が集まっており、第一国立銀行から移った大野清敬氏が東京に転じて支店を担った。本店の足元より先に消費地へ支店を置いたことで、米の代金を産地の仙台へ戻す決済の道筋ができた。
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最終改定: 2026年10月