この判断の特異なところは、破綻した地方銀行の引受先が、他の地銀でも政府系機関でもなく、証券グループの企業連合だった点にある。金融庁は公的負担の極小化を審査基準の中核に据え、株式1,200億円の取得と増資引受などの資本注入で債務超過を埋めて、数年で株式市場へ戻せる民間の資本力と再建の担い手を選んだ。国有化からの出口を、証券会社側の投資回収と、栃木県の地域金融の存続とを同じ枠組みで成り立たせようとした点に、この設計の骨格がうかがえる。
もっとも、2013年の再上場は再建の終点ではなかった。足利銀行単独では人口減少下の広域再編に対応しきれず、上場からわずか3年後の2016年、常陽銀行との統合でめぶきフィナンシャルグループへと組み替えられた。野村側の株式売却という出口も、統合後の2019年まで持ち越された。民営化と再上場は、地域金融の枠組みをより大きな広域連合へ渡すための通過点であったのだろう。破綻処理の巧拙は、市場へ戻したことそれ自体よりも、戻したあとに何へつながったかに表れるといえる。