1993年の大戦略を、DXの先取りという言葉で読むと要点を外す。着手の理由は技術ではなく、年商の約半分にあたる868億円の借入金であった。借入金を減らすには売却するか削減するかしかないところで、大塚裕司氏が選んだのは、支店ごとに分かれていた顧客情報を一本にまとめ、同じ人数でより多く売れる体制へ営業を組み替える方針であった。財務の問題を、営業のやり方の問題として解いたところに、この構想の性格がうかがえる。
もっとも、効き目がすぐ出たわけではない。構想がまとまった1993年12月期の経常利益は11億5,000万円にとどまり、1998年12月期には創業以来の減益で17億円まで減少している。大塚裕司社長自身、基幹系の取り組みを始めた年として1998年を挙げており、絵を描いてから会社の形が変わるまでには5年前後を要したとみられる。同じ時期に大塚實社長が人事評価制度の作り替えで現場を動かしていたことも、あわせて数えるべき要因といえる。