東芝の非公開化連合へ最大3000億円を拠出し、パワー半導体の協業に賭ける
実質無借金の堅実経営が、なぜ発祥以来の自己資本を取り崩してまで東芝に3000億円を投じたのか——SiCパワー半導体をめぐる乾坤一擲
更新:
- 概要
- 2023年7月18日、ロームは日本産業パートナーズ(JIP)を中心とする国内連合による東芝の株式非公開化に参画し、合計3000億円を拠出すると発表した。自己資本比率85%前後・実質無借金を続けてきた堅実経営の会社が、パワー半導体の協業をにらんで発祥以来の財務規律を崩す判断であった。
- 背景
- ロームが強みを持つパワー半導体は、材料が従来のシリコンから炭化ケイ素(SiC)へと移る地殻変動のただ中にあった。世界シェア3割のトップを掲げたロームは巨額の設備投資に突き進み、量産を担う生産体制と人材の確保が急務となっていた。
- 内容
- 3000億円のうち1000億円をJIPの運営ファンドへ出資し、2000億円を公開買付者の親会社が発行する優先株で引き受けた。資金は当初つなぎ融資でまかない、2024年4月に転換社債2000億円を発行して借り換えた。東芝とはパワー半導体の相互生産で連携し、経済産業省から最大1294億円の補助金を得た。
- 含意
- 出資後の自己資本比率は65%台へ低下し、堅実経営の看板を下ろしての大勝負となった。だがEV市場の失速と中国勢の台頭でSiC市況は反転し、2024年度に過去最大の営業赤字へ転落。東芝との協業も深化が見えないまま、巨額の資本配分は重い課題を残した。
乾坤一擲の資本配分が残したもの
この判断の核心は、実質無借金の堅実経営という長年の看板を自ら下ろし、3000億円という単独最大級の資本を東芝という他社の非公開化に投じた点にある。SiCパワー半導体で世界のトップを狙うという事業戦略が、設備投資だけでは足りず、資本参加を通じた協業の足場づくりにまで踏み込ませた。堅実さで蓄えてきた自己資本が、20年成長のなかった会社にとって「やるしかない」大勝負の原資になった構図がうかがえる。財務規律とは、危機のためだけでなく、こうした一擲の場面で切る札でもあったとみることができる。
もっとも、その後の市況反転は、資本配分の巧拙が事業環境の読みと不可分であることを示している。EVの失速と中国勢の速さは、投資の前提を2年で覆した。東芝との協業は相互生産にとどまり、期待したシナジーは本稿の時点でなお輪郭を結んでいない。堅実経営の会社が財務規律を崩してまで賭けた3000億円が、パワー半導体業界の再編のなかでどのような果実を生むのか——回収の物語はまだ書かれている途中であるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
堅実経営とSiCへの賭け
ロームは長らく、シリコンサイクルに翻弄される半導体業界にあって堅実経営で知られてきた。自己資本比率は85%前後を保ち、実質無借金の状態を続けていた。ところが2021年ごろから、その姿に異変が起きる。3年間でぶち上げた設備投資計画は約4800億円と、それ以前の3年間のおよそ3倍に膨らんだ。背景にあったのは、同社が強みを持つパワー半導体の市場で生き残りが懸かった地殻変動であった[1]。
地殻変動の正体は、パワー半導体を造る材料そのものの転換であった。電力の制御や変換を担うパワー半導体は、従来のシリコンから、より高い電圧に耐え省電力性にも優れる炭化ケイ素(SiC)へと需要が移りつつあった。米テスラが電気自動車に採用したことで搭載が加速し、市場の一段の成長が見込まれていた。欧米勢が先行するなか、ロームは「2027〜30年に世界シェア30%」のトップを掲げ、後発ながら量産能力の確保に躍起となっていた[2]。
東芝という機会
そこへ、東芝の株式非公開化という機会が訪れた。2023年8月、国内の投資ファンド・日本産業パートナーズ(JIP)や国内企業の連合による2兆円規模のTOBが始まり、その連合にロームが名を連ねた。パワー半導体の世界シェア(2022年)はロームが9位、東芝が7位で、両社ともに売上高は1000億円規模、自動車向けが多い点も共通していた。東芝は鉄道部門を介して鉄道向けにも強く、協業がかなえばロームの顧客層が広がる余地があった[3]。
ロームが東芝に見た価値は、顧客層だけではなかった。怒濤の投資攻勢で最も逼迫していたのは、量産を回す人材であった。松本功社長は日本経済新聞のインタビューで「開発はこれまで培ってきた人材がいるが、生産ライン構築のための人材が課題だ」と語り、業界の目を引いた。製造部門に人員を厚く配置してきたロームが生産人材の不足を口にするほど、増産投資は前のめりに進んでいた。まとまった技術者を確保するうえでも、東芝との連携には意味があった[4]。
決断
3000億円の拠出と、その調達
2023年7月18日、ロームは東芝の非公開化に合計3000億円を拠出すると正式に発表した。内訳は、JIPが運営するファンドへの1000億円の出資と、公開買付者の親会社が発行する優先株2000億円の引き受けである。8月8日に始まったTOBは9月に成立し、株主の78.65%が応募して東芝は年内の上場廃止へ向かった。実質無借金を守ってきた会社が単独で3000億円を投じる規模は、ロームにとって前例のないものであった[5][6]。
拠出の3000億円は、当初は金融機関からのつなぎ融資でまかなわれた。実質無借金の会社が一気に借入へ傾いた格好である。翌2024年4月、ロームはユーロ円建ての転換社債2000億円を発行し、東芝拠出のブリッジローンを返済した。転換社債は既存株主にとって持ち株の希薄化リスクを伴う手段であり、自己資本を厚く保ってきた財務方針からの明確な転換であった。出資後、2024年3月末の自己資本比率は65.3%まで低下した[7][8]。
協業の設計と国の後押し
資本参加と並行して、両社は具体的な協業の枠組みを描いた。2023年12月、ロームと東芝デバイス&ストレージが共同で申請したパワー半導体の供給確保計画が経済産業省に認定され、事業総額3883億円のうち最大1294億円を国が支援することが決まった。ロームがSiCパワー半導体、東芝デバイス&ストレージがシリコンパワー半導体に重点投資し、互いの工場で相手方の製品も造り合って供給力を効率的に広げるという内容であった。経済安全保障を背景に、事実上の税金がこの協業を後押しした[9]。
協業のねらいは、パワー半導体の分野に重ねて置かれていた。ロームは出資を表明したリリースで、東芝の半導体事業との親和性の高さと、将来的な協業・連携への関心を記した。ロームは日本勢で唯一、SiCウェハーから半導体チップまでを一貫生産できる強みを持つ。2024年5月の決算説明会では「東芝 半導体事業とのシナジー効果の可能性について」という資料が差し込まれ、関係者からは「東芝への一方的なラブコールに近い」との声も漏れた[10]。
結果
市況の反転と過去最大の赤字
巨額投資の目算は、そこから2年で狂った。需要側ではEV市場の成長が急速に鈍化し、供給側では中国勢が台頭してSiC市況が崩れた。とりわけウェハーでは中国メーカーが想定以上の速さでキャッチアップし、当初掲げた年率50%成長には遠く及ばなかった。ロームは2024年度末にSiC向けの工場を中心に303億円の減損損失を計上し、2024年度(2025年3月期)には400億円を超える過去最大の営業赤字へ転落した[11][12]。
拡大路線は、守りへの転換を迫られた。2025年4月にはロームアポロ社長などを務めた東克己氏が社長に就任し、それまでの拡大から一転して人員や工場のリストラに着手した。2012年度以来となる希望退職に踏み切り、生産拠点の再編も進める方針を打ち出した。東社長は業績悪化の要因を「ちょっとやりすぎ感と経営判断の遅れ」と表現し、市況の変化が見えてからも投資にストップをかけるのが遅れたと振り返った[13]。
回収できない出資
3000億円を投じた東芝との協業は、出資から2年を経ても深化が見えなかった。互いの工場で相手方のパワー半導体を造り合う取り組みは進んだものの、それ以上には踏み込めていなかった。東社長は「もっと協業を深めるためには(半導体の)設計を1つにするのが効果的だが、別会社間なので情報のファイアウォールを立てる必要がある」と語り、一歩を踏み込めない事情を明かした。転換社債による調達も含め、回収の道筋が問われる出資となった[14]。
出資そのものの重さも、あらためて意識された。3000億円は銀行からの借り入れだけでなく、既存株主に希薄化リスクを負わせる転換社債まで発行して調達した資金であった。東社長は、コロナ禍の特需で創業者・佐藤研一郎氏の悲願だった売上高5000億円を2022年度に初めて達成し、EVという世界的な潮流も追い風になったことが「グローバルメジャーを目指す」という拡大判断につながったと述べつつ、「ヘッジが少なすぎたのも確かだ」と語った[15]。
- 週刊東洋経済 2023年9月9日号「東芝買収に3000億円 ロームが描く半導体協業」
- 週刊東洋経済 2024年6月29日号「ロームの堅実経営に異変 パワー半導体で乾坤一擲」
- 週刊東洋経済 2025年11月22日号「ローム 巨額投資の代償」
- 週刊東洋経済 2025年11月22日号「ローム 社長 東克己『投資ストップの判断が遅れちょっとやりすぎた』」
- 日本経済新聞(2023年7月18日)「ローム、東芝買収に3000億円拠出へ 国内連合に参加」
- 日本経済新聞(2024年4月8日)「ローム、CBで2000億円調達 東芝へ拠出の借り入れ返済」
- EE Times Japan(2023年9月22日)「東芝TOBが成立、年内にも上場廃止へ」
- EE Times Japan(2023年12月8日)「ロームと東芝がパワー半導体製造で連携、政府が最大1294億円を支援」
- ローム 有価証券報告書(2024年3月期・連結)
- ローム 有価証券報告書(2025年3月期・連結)