サントリーホールディングス1兆6500億円で「30年分の時間」を買う
年間売上高に迫る額を投じ、蒸留酒で世界3位に立った非上場企業の買収
- 概要
- 2014年1月、サントリーホールディングスは米蒸留酒大手Beam Inc.の買収を発表し、同年5月に完了した経営判断。買収額は160億ドル・約1兆6500億円で、2013年度の売上高2兆円に迫る規模となった。この買収により同社は蒸留酒メーカーとして世界3位に立った。
- 背景
- 主力のウイスキーは国内市場が1983年をピークに縮小しており、2010年2月にはキリンホールディングスとの経営統合交渉が破談していた。国内再編の道が閉じたことで、成長は単独の海外買収に頼るほかなくなった。2013年7月には子会社サントリー食品インターナショナルを上場させ、資金調達の手段を確保している。
- 内容
- 2013年11月にビームのマシュー・J・シャトックCEOが来日して佐治信忠と会談したのが交渉の始まりで、ビーム側は他社へ買収の意思を打診したうえでサントリーの初期提案を拒否した。2カ月の交渉で二度の増額を経て1株83.5ドルで合意し、初期提案より総額で1000億円弱高い金額となった。
- 含意
- 買収で発生するのれんは約9000億円と推定され、最長20年償却でも年450億円、借入の利息増が年100億円規模で見込まれた。ムーディーズ・ジャパンは有利子負債の増加を理由に投資格付けを格下げ方向で見直すと発表している。1977年に佐治敬三が語った「ウイスキーをアメリカのマス・マーケットに受け入れてもらう」という目標を、国産品の輸出ではなく現地企業の取得によって果たす形になった。
37年前に語られた目標との対応
この買収は、37年前に社長が語っていた目標と正確に対応している。1977年、佐治敬三は取材の最後にこう述べていた。「私どもはこれで満足しているわけじゃなく、ウイスキーをアメリカのマス・マーケットに受け入れてもらえるのを最終目標にしています」。国産ウイスキーを米国市場へ持ち込む道は結局開かず、代わりに米国のバーボンメーカーを買う形で市場そのものを手に入れた。手段は違うが、狙った市場は同じである。
もっとも、買った市場をそのまま生かせるかは別の問題として残った。ウイスキー評論家の土屋守は当時、「国産ウイスキーは高価格帯のため新興国で大量に販売するのは難しい」と述べ、ビームが持つ低コストのスタンダードスコッチを伸ばす道を予想している。買収の是非は、のれんの償却が終わるまでの長い期間で判定されることになる。加えて、この買収は同社の資本構成にも問いを残した。1977年に佐治敬三が非公開の根拠として挙げたのは、ウイスキー事業の設備投資が軽く自己資金と借入で足りることだった。1兆6500億円を投じて有利子負債とのれんを抱えた企業に、その前提はもう当てはまらない。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
国内再編の道が閉じたあと
2009年から2010年にかけて、サントリーはキリンホールディングスとの経営統合を交渉していた。両社の課題は海外展開だけではない。ビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブの営業利益率が27.8%だったのに対し、キリンは5.6%、酒税を除いても6.6%にとどまる。佐治信忠も「日本のビール会社は営業利益率が低すぎる。せめて10%くらいに上げていかないといけない」と述べていた。しかし2010年2月、統合比率をめぐって交渉は破談する[1]。
破談の原因は資本構成にあった。キリンが示した統合比率はキリン1に対しサントリー0.5で、サントリーの企業価値をキリンの半分と評価するものだった。サントリーでは創業家が約9割の株式を握っており、比率次第では創業家の新会社への出資比率が3分の1を超える。その状態を避けたいキリンと、対等にこだわるサントリーの双方が譲らなかった。国内での再編が閉じた以上、規模の拡大は単独の海外買収に頼るほかなくなった[2]。
買収資金をどこから引くか
資金の制約は破談の前から明らかだった。2011年末の有利子負債は6600億円で自己資本を上回り、D/Eレシオは1.28倍に達する。競合のアサヒグループホールディングスは3900億円・0.6倍だった。手元の現金および現金同等物は2881億円で、佐治がかねて必要と語っていた「3000億〜4000億円規模のM&A」を続けるには足りない。良い海外案件ほど資本力のある海外飲料大手や外資系ファンドとの競争になる[3]。
そこで選ばれたのが、ホールディングス本体ではなく子会社を上場させる形だった。2013年7月、飲料・食品事業を担うサントリー食品インターナショナルが東京証券取引所市場第一部に上場する。親会社を非上場に保ったまま、資本市場から資金を得る事業会社だけを切り出した組み立てであり、この半年後にビーム買収が発表された[4]。
決断
二度の増額を経て1株83.5ドル
交渉は2013年11月、ビームのマシュー・J・シャトックCEOが来日して佐治信忠と会談したところから本格化した。佐治は正式に買収の意思を伝え、翌日には取締役会へ書簡を送っている。ビーム側の対応は冷静だった。書簡を受け取ってから1週間以内に別の大手海外酒類メーカーへ買収の意思を打診し、そのうえでサントリーの初期提案を拒否する。打診先の反応は「買収は考えられなくもないが、全事業を買収する可能性は薄い」と鈍かったが、ビームは増額をのまないかぎり交渉に応じなかった[5]。
2カ月の交渉で、サントリーは二度の増額を経て1株83.5ドルで合意する。初期提案より総額で1000億円弱高い金額であり、買い手の意欲が読まれていた分を上乗せして払ったことになる。買収額は160億ドル・約1兆6500億円で、2013年度の売上高2兆円に迫る規模となった。佐治はこの額を決算会見でこう評した。「1兆7000億円という額は、確かに高いっちゃ高い。だが、30年分のグローバルな成長、この時間を買うと考えれば、高い買い物ではない」[6][7]。
結果
のれん9000億円と格付けの見直し
価格の妥当性については当時から評価が割れていた。M&Aに詳しい一橋大学大学院の服部暢達客員教授は「上場企業のM&Aは、株価に30〜50%のプレミアムがつくのが一般的。今回の25%は決して高くない」と述べる一方、同じ服部は「ビーム社の直近の業績では売上高の成長が鈍化しているうえ、肝心の新興国が伸び悩んでいる」とも指摘した。ビームの市場別売上高は北米が6割弱を占め、成長が期待されたアジア太平洋・南米地域は2割程度で、2013年度は1割弱の減収となっていた[8][9]。
会計面の負担も重い。買収で発生するのれんは約9000億円と推定され、最長20年償却でも年450億円、買収に伴う借入の利息増が年100億円規模で見込まれた。ビームの営業利益は2013年度で約630億円だったから、これらを差し引けば会計上の利益貢献は限られる。格付け会社のムーディーズ・ジャパンは、有利子負債の増加を理由に投資格付けを格下げ方向で見直すと発表した[10]。
- 東洋経済 2014年3月28日号「サントリーHD 蒸留酒市場で世界3位へ ビーム社巨額買収の勝算」
- 東洋経済 2014年7月4日号「巻頭特集 名門はプロ社長に頼った サントリー 創業116年目の決断」
- 東洋経済 2012年12月23日号「子会社上場に動くサントリーの思惑」
- 東洋経済 2010年4月24日号「キリンとサントリー統合はなぜ実現できなかったのか」
- 日経ビジネス 1977年3月14日号「ニーズの先取りなどできまへん」
- サントリーホールディングス 有価証券報告書 第17期(2025年12月期)【沿革】