この判断を、焦げ付いた取引の損失処理と読むのは正確ではない。2000年12月の合意は損失を確定させる手続きではなく、回収の期限を先へ延ばす取り決めであった。前渡金を不良債権として落とす代わりに、相手の支払い能力が戻ることに期待して帳簿に残す選択だったとみられる。同じ期には土地の売却益を計上して最終黒字を保っており、損失を一度に表へ出すだけの余力は乏しかったのではないか。マルハ本体から同社への長期貸付金が374億円に達していたことも、一括で確定させにくい事情になったと思われる。
もっとも、繰り延べの前提は相手国の外貨収入であり、マルハで動かせるものではなかった。観光収入の激減とハリケーンの被害で前提が崩れると、翌期には102億円の引当を積み増すことになる。債権の一部が戻ったのは2005年で、戻入額は19億円にとどまり、同じ年のうちにギル&ダファスは解散を決めた。合意は損失を消したのではなく、確定の時期を後ろへずらしたにすぎない。相手の回復に委ねて債権を抱え続けることの重さを示した事例といえるだろう。