大日本印刷 エリオット保有下の自己株式取得 「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得

更新:

時期 2023年2月
当時の社長 北島義斉
論点 資本効率と株主還元
何をなぜ決めたか
概要

2023年、大日本印刷(DNP)は新たな経営方針を公表し、ROE10%を長期目標に、5年間で累計3,000億円の自己株式取得と政策保有株式の売却、成長事業への集中投資を同時に進める財務戦略へ転換した。同年3月末の大株主にはELLIOTT INTERNATIONAL LPが2.48%を保有する第5位として並び、外部株主の圧力とDNP自身の変革志向が重なった転換であった。

背景

紙媒体の縮小と液晶カラーフィルタの採算悪化で、DNPは2009年・2012年・2019年と純損失を重ね、2019年3月期には特別損失1,000億円を伴う過去最大の純損失356億円を計上した。積み上がった政策保有株式の含み益と1倍を割る株価純資産倍率(PBR)が、資本効率をめぐる市場の視線を強めていた。

内容

2023年2月の経営の基本方針と3月の新中期経営計画骨子で、DNPはROE10%とPBR1.0倍超の早期実現を掲げ、5年間で3,000億円の自己株式取得と政策保有株式の純資産10%未満への縮減を打ち出した。エリオットは株主総会での正式な株主提案や委任状争奪ではなく、株式の取得と対話を通じて資本効率の改善を促す立場をとった。

含意

方針の公表を境に株価水準が切り上がり、機関投資家との対話の軸は"紙媒体リスク"から資本効率へ移った。自己株式取得は前倒しで進み、2025年5月までに決議した取得枠は累計2,200億円に達した。エリオットは2024年にかけて保有株の大半を売却し、活動家が退いたのちも資本政策の転換は残った。

いつ何が起きたか 5件
筆者の見解
筆者の見解

契機と定着のあいだ

DNPの2023年の転換は、外部株主の登場と会社みずからの変革志向が重なった点に特徴がある。エリオットは正式な株主提案や委任状争奪ではなく、株式の取得と対話にとどめた。それでも大株主の上位に並んだ存在は、低PBRと積み上がった政策保有株式という論点を、経営が避けて通れないものにした。会社が前年から準備していた財務戦略が、外部の視線を得て一気に具体化したとみることもできる。

問いは、どちらが改革を動かしたのかという功罪の割り振りよりも、この転換が印刷会社の実像をどう変えるのかにある。紙の需要が細り、エレクトロニクスが利益の多くを稼ぐDNPにとって、資本効率を掲げることは、みずからを何の会社と定義するのかという問いに直結する。活動家が退いたのちも、株主還元と成長投資を両立させ続けられるかどうかに、2023年の転換の意味が懸かっているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
資本政策の転換の条件

資本政策の転換の条件

科目 概要 備考
公表日 2023年2月9日 3月9日の新中期経営計画骨子説明会で財務戦略の数値をあわせて示した
掲げた目標 ROE10%・PBR1.0倍超の早期実現 事業活動の評価指標としてROEとPBRを用いる
めざす収益・資本構造 営業利益1,300億円以上・自己資本1兆円 それまでの営業利益の過去最高は1,206億円
自己株式取得の総枠 3,000億円程度 2023年度から2027年度までの5年間。資本効率の向上に向けた計画
第1回の自己株式取得 1,000億円 2023年3月9日決議。上限40,000,000株、取得期間は2024年3月8日まで
自己株式の消却 2,500万株 2023年3月20日に実施。発行済株式総数の約8%に相当する
政策保有株式 純資産の10%未満に縮減 5年間で2,200億円を売却してキャッシュを創出する計画
事業投資 3,900億円以上 5年間。うち注力事業領域へ2,600億円以上を集中的に投じる
営業キャッシュ・フロー 4,400億円以上 5年間。資産効率の改善分と合わせ7,500億円以上を創出する

出所:大日本印刷「DNPグループの経営の基本方針」(2023年2月9日)・新中期経営計画骨子説明会資料(2023年3月9日)

定時株主総会における取締役選任の賛成率

大日本印刷:定時株主総会における取締役選任の賛成率

(%) 北島義俊北島義斉 備考
2015年6月総会(第121期) 81.990.6
2017年6月総会(第123期) 73.381.6
2019年6月総会(第125期) 64.567.6 過去最大の純損失356億円を計上した期の総会
2020年6月総会(第126期) 9092.1
2021年6月総会(第127期) 95.495.2
2022年6月総会(第128期) 88.888.2
2023年6月総会(第129期) 82.782.7 経営の基本方針と1,000億円の自己株式取得を決めた直後の総会
2024年6月総会(第130期) −74.6 北島義俊は退任。株主1名による社外取締役選任の提案は否決(27.7%)
2025年6月総会(第131期) −92.2
2026年6月総会(第132期) −88.9

出所:大日本印刷 臨時報告書(第121期・第123期・第125〜132期定時株主総会における議決権行使結果)

政策保有株式の貸借対照表計上額と連結純資産

大日本印刷:政策保有株式の貸借対照表計上額と連結純資産

(百万円) 非上場株式以外の株式連結純資産 備考
2019年3月期 315,218669,873 204銘柄
2020年3月期 223,517560,334 191銘柄
2021年3月期 351,850646,612 150銘柄
2022年3月期 335,987676,890 129銘柄
2023年3月期 255,734661,653 111銘柄。純資産の10%未満への縮減を掲げた期
2024年3月期 276,403679,987 96銘柄。銘柄数は減ったが計上額は株価上昇で増えた
2025年3月期 197,553638,478 74銘柄
政策保有株式と連結純資産に対する比率
非上場株式以外の株式(百万円)非上場株式以外の株式率(%)

出所:大日本印刷 有価証券報告書 第124〜131期【株式の保有状況】 / 大日本印刷 有価証券報告書 第128期・第131期【主要な経営指標等の推移】(連結純資産)

自己資本利益率・配当・自己株式取得の推移

大日本印刷:自己資本利益率・配当・自己株式取得の推移

ROE(%)1株当たり配当額(円)自己株式の取得額(億円) 備考
2018年3月期 2.4948150 2017年5月12日決議の150億円を取得
2019年3月期 △7.27640 特別損失1,000億円を計上し純損失356億円。取締役会決議による取得はない
2020年3月期 4.8864600 2019年9月11日決議の600億円を取得
2021年3月期 2.1640 2021年5月13日決議の300億円の取得は翌期
2022年3月期 13.1564300
2023年3月期 12.264259 2022年5月決議分100億円と、2023年3月9日決議分の期末までの取得を含む
2024年3月期 15.2564885 1,000億円の取得枠を使い切り、2024年3月8日決議の500億円へ移った
2025年3月期 14.1354648 2024年10月1日の1株を2株とする分割後の配当額

出所:大日本印刷 有価証券報告書 第124〜131期【主要な経営指標等の推移】【自己株式の取得等の状況】

発行済株式総数と自己株式の消却

大日本印刷:発行済株式総数と自己株式の消却

発行済株式総数(千株)自己株式の消却(千株) 備考
2018年3月期 324,240−
2019年3月期 324,240−
2020年3月期 324,240−
2021年3月期 324,240−
2022年3月期 317,2407,000 2021年5月24日に消却
2023年3月期 292,24025,000 2023年3月20日に消却。発行済株式総数の約8%にあたる
2024年3月期 277,24015,000 2024年3月19日に消却
2025年3月期 524,48030,000 2024年10月1日に1株を2株に分割。消却は2025年3月26日で分割後の株数
経営の基本方針を公表した2023年3月期の大株主
  • 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 16%
  • 日本カストディ銀行(信託口) 6%
  • 第一生命保険 3%
  • 自社従業員持株会 3%
  • ELLIOTT INTERNATIONAL LP 2%
  • その他 70%

出所:大日本印刷 有価証券報告書 第128期・第131期【発行済株式総数、資本金等の推移】 / 大日本印刷 有価証券報告書 第129期(2023年3月期)【大株主の状況】(発行済株式総数292,240千株、うち自己株式30,713千株)

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