大日本印刷の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

印刷の微細な転写技術を、紙から金属・ガラス・フィルムへ当て直してきた。1957年に通産省主導のカラーテレビ国産化へ加わり、写真凸版の原理をエッチングへ応用して1958年にシャドーマスクを国内で初めて量産した。厚さ0.1ミリの鋼板に数十万個の穴を均質に開ける工程は、版を作る技術そのものだった。1959年には半導体用フォトマスクでガラスへ当て先を移し、1966年7月の中央研究所が応用研究を体系化する。以降も液晶カラーフィルタ、2021年3月に鶴瀬工場へ設けたリチウムイオン電池部材、2024年5月稼働の有機EL用メタルマスクへ、同じ工程を当てる基材を替えている。台湾・韓国勢の台頭で液晶カラーフィルタの採算は崩れたが、精度を出す工程は次の基材へ移せる。紙媒体が縮んでも事業が続いたのは、この移し替えを繰り返したからである。

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