創業123年で「凸版印刷」の看板を外す持株会社化とTOPPANホールディングスへの改称
印刷会社という枠を外す判断を、麿秀晴社長はなぜ社名と組織の両面で同時に進めたのか
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- 概要
- 2023年10月1日、凸版印刷が持株会社体制へ移行し、商号をTOPPANホールディングス株式会社へ変更した経営判断。同年3月9日に新商号を決め、吸収分割で印刷・情報・エレクトロニクスの各事業を子会社へ承継し、創業123年で社名から「印刷」を外した。麿秀晴社長が主導した、印刷会社からの構造転換を組織の面で区切る動きである。
- 背景
- 紙媒体の縮小で本業の印刷は長期停滞に入り、連結売上高は2008年3月期の1兆6,704億円というピークを17年にわたり超えられずにいた。成長は半導体フォトマスクとグローバル軟包装にあり、印刷会社という枠組みを組織の面から外す必要が生じていた。
- 内容
- 2023年3月9日に持株会社の商号を「TOPPANホールディングス株式会社」と決め、10月1日に持株会社体制へ移行した。吸収分割で各事業をTOPPAN株式会社・TOPPANデジタル株式会社等へ承継し、社名から「印刷」を外した。麿秀晴社長はDX・SXを軸とする5つの成長事業を掲げ、社名変更を事業戦略の再編と重ねた。
- 含意
- 脱印刷を組織の面で区切ったのち、翌2024年3月期に連結売上高1兆6,782億円で17年ぶりにピークを更新した。半導体フォトマスクの分社や北米軟包装のM&Aと合わせ、成長領域へ資源を集めていく方針である。
看板を外した会社が問われる中身
この判断の中心にあるのは、印刷という看板を掲げたまま非印刷の成長事業を伸ばすことの難しさである。社名から「印刷」を外し、吸収分割で事業を会社ごとに分けた組み替えは、どこへ資源を向けるのかという経営の意思を、対外にも社内にも見えるかたちで示す意味を持ったとみることができる。2008年のピークから17年を要した停滞のなかで、業績が完全に回復しきる前に看板を替えた点に、成長領域へ資源を振り向ける判断を先送りしなかった経営の構えがうかがえる。
もっとも、社名を替えたことそのものが業績を生むわけではなく、市場が評価するのは事業の中身である。17年ぶりのピーク更新には政策保有株式の売却益が寄与した面もあり、脱印刷が本業の利益として根づくかどうかは、半導体フォトマスクやグローバル軟包装が国内印刷の縮小をどこまで補えるかにかかっている。印刷会社という自己規定を組織の面から外したTOPPANが、その先にどのような会社像を描くのかは、次の世代の経営に引き継がれた問いとしてなお残っているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
紙媒体の縮小と17年届かなかった売上ピーク
TOPPANの前身である凸版印刷にとって、本業の紙印刷は2000年代後半から長い停滞に入っていた。連結売上高は2008年3月期に1兆6,704億円で過去最高を記録したものの、この水準を再び超えるまでには17年を要した。売上構成の過半を占めた情報・ネットワーク系が、紙媒体の縮小とともに伸び悩み、会社全体の成長を抑える主因であった。印刷という本業が量の面で頭打ちに達していた点が、後の組織再編を考える前提にあった[1]。
リーマンショック後の凸版印刷は、連結売上高が1兆4,000億円台から1兆5,000億円台で長く横ばいに推移した。営業利益は2016年3月期に485億円、2018年3月期も523億円と一定の水準を保ったが、売上はピークからおよそ1,000億円以上低いままであった。紙媒体の縮小という逆風のなかで、印刷の受注をいくら積んでも量の拡大には結びつきにくく、次の収益源をどこに置くかが経営の課題として残っていた[2]。
成長は半導体フォトマスクとグローバル軟包装に
停滞する国内印刷とは対照的に、伸びしろのある領域は半導体フォトマスクと海外の軟包装にあった。凸版印刷は2021年7月に米国のInterFlex Investment Holdingsを買収して北米の軟包装へ本格参入し、同年12月には半導体フォトマスク事業を分社してトッパンフォトマスク(現テクセンドフォトマスク)を設立した。最も成長が見込める事業を独立会社に切り出す判断は、印刷会社の内部では成長投資の意思決定が遅れがちだという認識の裏返しでもあった[3]。
2022年6月に社長へ就いた麿秀晴社長は、これから先の100年は狭義の印刷という従来のビジネスモデルにとらわれずに事業を伸ばす、と自社の向かう先を語った。DX(デジタルトランスフォーメーション)とSX(サステナビリティトランスフォーメーション)を軸に、情報コミュニケーション・生活産業・エレクトロニクス・DX・グローバル軟包装の5つを成長事業に掲げている。印刷会社という枠を組織の面から外す前提が、経営の言葉として整えられていった[4]。
決断
「凸版印刷」を外す商号決定と持株会社への移行
2023年3月9日、凸版印刷は持株会社の商号を「TOPPANホールディングス株式会社」に決めたと発表した。新しい商号には、既存の事業領域を規定する「印刷」という語をあえて含めなかった。同年6月29日には、2023年10月1日に持株会社体制へ移ることを正式に決めている。創業以来123年にわたって掲げてきた「凸版印刷」の社名を、事業の実態に合わせて外すという判断であった[5][6]。
移行は吸収分割の形をとり、各事業を連結子会社3社へ承継させた。持株会社の傘下には、凸版印刷の主要部門を母体とするTOPPAN株式会社、グループのDXを担うTOPPANデジタル株式会社、セキュア・情報系のTOPPANエッジ株式会社が並んだ。TOPPANエッジは、同年4月に従来のセキュア事業をトッパン・フォームズへ承継して商号を改めたもので、社名と組織の組み替えは一年のうちに同時に進んだ。持株会社が事業会社を束ねる求心型の体制に改められている[7][8]。
麿秀晴社長が掲げた「印刷の殻」を脱ぐ意味
麿秀晴社長は持株会社への移行にあたり、印刷の殻を脱ぎ、DX・SXを軸に情報・生活・エレクトロニクスの5つの成長事業で変革を加速すると述べ、社名変更を事業戦略の再編と重ねて説明した。凸版印刷の社員は真面目で顧客の信頼を財産としてきた半面、自ら挑戦に向かう気風は弱いという課題にも触れている。受注に応えるだけでなく、需要を先読みして掘り起こす会社へ移る意思を、社名と組織の両面から示そうとした[9][10]。
創業123年で「凸版印刷」の看板を外す判断は、印刷会社からの構造転換を組織の面で区切る意思の表明であった。凸版印刷は1900年に欧州のエルヘート凸版法を輸入した技術型ベンチャーとして出発し、紙の印刷から半導体フォトマスクや軟包装へと中核技術を移してきた。事業の実態はすでに印刷会社の枠に収まらなくなっており、社名がその実態に追いついていない状態を、持株会社化に合わせて解消しようとした[11]。
結果
移行翌年の17年ぶり売上ピーク更新
持株会社化の翌年にあたる2024年3月期、TOPPANホールディングスの連結売上高は1兆6,782億円となり、2008年の1兆6,704億円というピークを17年ぶりにわずかに上回った。営業利益は743億円、経常利益は825億円、親会社株主に帰属する当期純利益は741億円であった。長い停滞を抜けた最初の決算が、社名を替えた直後の期に重なった。数字の面でも脱印刷への移行が節目を越えたことがうかがえる[12][13]。
続く2025年3月期には連結売上高が1兆7,179億円へ増え、営業利益840億円、純利益893億円に達した。地域別では海外の売上比率がおよそ47%まで高まり、その他地域の利益率が国内を上回る構成へ変わっている。政策保有株式などの売却益を成長領域へ回す資本政策と並行して、売上と利益の水準を押し上げた。印刷の受注に頼っていた収益の姿が、海外と非印刷を軸とする構成へ移り変わっている[14][15]。
成長領域への資源集中と経営の引き継ぎ
持株会社への移行後も、成長領域へ資源を集める動きは続いた。2025年4月にはTOPPANホールディングスが米Sonoco Products Companyの軟包装事業と熱成形容器事業を取得し、2016年のジョージア工場、2021年のInterFlexに連なる北米軟包装の積み増しを進めた。半導体フォトマスクも分社を経て独立運営へ移り、成長事業の切り出しと資本の再配分が並んで進んだ。個々のM&Aや上場の詳細は別に譲るが、いずれも持株会社化と同じ方向を向いている[16]。
経営の担い手も交代した。2025年6月、麿秀晴社長は会長相談役へ退き、大矢諭社長が後を継いだ。印刷会社として生き残るのではなく、印刷の枠を外した事業構成で生き残るという路線を、持株会社への移行を終えたところで次世代へ渡した。政策保有株式の売却益で成長投資を前倒しする資本政策も、この新体制の骨格に引き継がれている。社名変更からおよそ2年のあいだに、売上ピークの更新、北米での大型買収、社長交代が相次いだ[17][18]。
- TOPPAN「持株会社の商号を『TOPPANホールディングス株式会社』に決定」(2023年3月9日)
- TOPPAN「持株会社体制への移行と新たな経営体制について」(2023年6月29日)
- 日本経済新聞(2023年3月9日)「凸版印刷、持株会社TOPPANホールディングスへの移行を発表」
- Impress Watch(2023年3月9日)「凸版印刷、社名変更で"印刷"を消す 持株会社体制でTOPPANに」
- 日刊工業新聞(2023年10月20日)「TOPPAN HD社長・麿秀晴氏「印刷」の殻脱ぎ成長加速」
- ニュースイッチ(日刊工業新聞社・2022年10月)「"受注産業体質"脱する凸版印刷、社長が重視する攻めの姿勢とスピード感」
- 凸版印刷/TOPPANホールディングス 有価証券報告書(各期・連結)