TOPPAN(凸版印刷) の歴代社長

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1991年2000年2010年2020年2026年

藤田弘道退任

1991年社長就任

代表取締役社長

足立直樹退任

2000年社長就任

1993年取締役代表取締役社長

金子眞吾退任

2010年社長就任

2003年取締役代表取締役社長

麿秀晴退任

2019年社長就任

2009年取締役2018年執行役員代表取締役社長

大矢諭現任

2026年社長就任

1996年入社2021年執行役員2023年取締役
創業社長の関係
創業

1900年1月、大蔵省印刷局を辞した木村延吉氏・降矢銀次郎氏らがエルヘート凸版法を持ち出し、十五銀行の副支配人だった河合辰太郎氏らの出資を得て設立した。出資4万円のうち技術者3人は各1,000円で、資本は初めから外の銀行家の側にあった。1908年に株式会社へ改組し、名簿の残る1948年以降の社長に創業家の名は無い。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は足立直樹氏・金子眞吾氏・麿秀晴氏・大矢諭氏の4人で、全員が新卒で入った生え抜きである。就任直前の肩書は足立直樹氏から麿秀晴氏までが副社長、大矢諭氏は専務執行役員COOで、副社長から昇る型は1981年の鈴木和夫氏から麿秀晴氏まで5代続いた。外から迎えた社長は名簿の8代に一人もいない。

社長任期の傾向
任期

在任が10年を超えたのは初期の山田三郎太氏の19年と、急逝するまで13年余を務めて売上高を8倍にした沢村嘉一氏の2人である。以後に退任した5代は7年から10年に収まり、直近3代も足立直樹氏10年・金子眞吾氏9年・麿秀晴氏7年と、少しずつ短くなりながらほぼ同じ長さで交代している。2026年4月に就いた大矢諭氏は現職である。

いまの体制への含意
含意

2026年4月の交代では麿秀晴氏が会長CEOに残り、大矢諭氏は社長COOに就いた。社長の座と執行の責任だけを渡し、最終判断は前任の側に置いた形に見える。1981年の鈴木和夫氏から5代続いた副社長からの昇格は、専務執行役員COOから昇った大矢諭氏で途切れた。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
山田三郎太(1948年就任)1948〜1967年1948年就任19年退任生え抜き取締役社長
沢村嘉一(1967年就任)1967〜1981年1967年就任13年退任生え抜き取締役社長
鈴木和夫(1981年就任)1981〜1991年1981年就任10年退任生え抜き取締役社長
藤田弘道(1991年就任)1991〜2000年1991年就任9年退任生え抜き代表取締役社長
足立直樹(2000年就任)2000〜2010年2000年就任10年退任生え抜き代表取締役社長
金子眞吾(2010年就任)2010〜2019年2010年就任9年退任生え抜き代表取締役社長
麿秀晴(2019年就任)2019〜2026年2019年就任7年退任生え抜き代表取締役社長決断2023年TOPPANHDへ改称2025年米Sonocoの事業取得2025年テクセンドの東証上場
大矢諭(2026年就任)2026年〜現任2026年就任1年現任生え抜き代表取締役社長COO1996年4月に凸版印刷(現TOPPANホールディングス)へ入社した生え抜きである。2021年4月に執行役員となり、2023年10月には事業会社TOPPAN株式会社の取締役専務執行役員へ進んだ。2025年4月に同社の代表取締役社長兼専務執行役員COOへ就任し、2025年6月から持株会社の取締役を兼ねている。
歴代社長の在任期間 全8代
1948年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

山田三郎太退任

1948年社長就任

取締役社長

沢村嘉一退任

1967年社長就任

1959年取締役取締役社長

鈴木和夫退任

1981年社長就任

1967年取締役取締役社長

藤田弘道退任

1991年社長就任

1953年入社1980年取締役代表取締役社長

足立直樹退任

2000年社長就任

1962年入社1993年取締役代表取締役社長

金子眞吾退任

2010年社長就任

1973年入社2003年取締役代表取締役社長

麿秀晴退任

2019年社長就任

1979年入社2009年取締役2018年執行役員代表取締役社長

大矢諭現任

2026年社長就任

1996年入社2021年執行役員2023年取締役

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