北島義斉
大日本印刷・代表取締役社長
Kitajima Yoshinari(1964年生まれ)
就任年 2017年
就任時年齢 52歳
現年齢 61歳
在任期間 9年
出自 富士銀行
- 既存印刷事業の構造改革と注力事業(有機ELディスプレイ・リチウムイオン電池用バッテリーパウチ等)への集中投資を両輪に、PBR1.0倍超の早期実現を経営目標に据えた経営者である。
- 中期経営計画(2023〜25年度)を策定し、ROE10%・PBR1.0倍超を目標に「PBR向上」のロジックツリーで企業価値向上を体系化、有機ELディスプレイ製造用メタルマスク等注力事業を成長軸に据え中計最終年度の営業利益850億円目標を1年前倒しで達成(936億円計上)
- 紙メディア製造拠点の縮小・低付加価値製品の見直しなど既存事業の構造改革を継続、2025年4月に出版印刷部門の製販一体新会社「DNP出版プロダクツ」を設立
- 過去最大3,000億円規模の自己株式取得・政策保有株式縮減・買収防衛策廃止と、資本効率重視の経営に大きく舵を切った。
- 5年間(2023〜27年度)で3,000億円程度の自己株式取得を計画し前倒し実行、2025年度には500億円を追加実施、総還元性向74.2%へ
- 政策保有株式を純資産10%未満に縮減する方針を提示、買収防衛策を廃止して株主資本コスト低減と期待成長率向上を経営の基本方針に紐付け、保有資産の見直しでROE改善を継続
就任前(FY16)14,102億円
直近(FY25)15,126億円
変化(9カ年)+7%
就任前(FY16)2.2%
直近(FY25)6.7%
変化(9カ年)+4.5pt
北島義斉の経歴社長就任に至るキャリア
- 1987年に富士銀行へ入行して銀行員としてキャリアを始め、8年間の勤務を経て1995年に大日本印刷へ入社した。金融の現場で財務・資本の視点を身につけた経歴を持つ。
- 入社後は2001年に取締役、2003年に常務取締役、2005年に専務取締役と昇進し、2009年には代表取締役副社長に就いた。以後およそ9年間にわたり副社長として経営の中枢を担った。
- 2018年6月、1979年から社長を務めた北島義俊氏が代表取締役会長に退いたのを受け、39年ぶりの社長交代で代表取締役社長に就任した。就任後は「第三の創業」を掲げて社会課題解決型の新規事業へ事業領域を広げるとともに、ROE10%・PBR1.0倍超を目標に資本効率と株主還元を前面に掲げる経営へ舵を切った。
所属・役職1987年19902000201020202025年
富士銀行
1987年入行
大日本印刷
1995年入社
2001年取締役
2003年常務取締役
2005年専務取締役
2009年代表取締役副社長
2018年代表取締役社長
| 年月 | 内容 |
|---|---|
| 1987-04 | ㈱富士銀行入行 / ㈱富士銀行入社 |
| 1995-03 | 大日本印刷入社 |
| 2001-06 | 取締役 |
| 2003-06 | 常務取締役 |
| 2005-06 | 専務取締役 |
| 2009-06 | 代表取締役副社長 |
| 2018-06 | 代表取締役社長 |
| 2022-04 | 代表取締役社長サステナビリティ推進委員会委員長 |
発言集公開インタビューからの発言(画像はOGPより引用・改変なし)
「以前から我々は『第三の創業』を掲げ、黒子から、社会課題を我々自身が捉えながら、新しい事業を開発していく変革を進めています」
「人々の生活が豊かになるような分野を伸ばしていきます。2025年3月期までの中期経営計画では、データ流通、IoT・次世代通信、モビリティ、環境を注力事業として設定しています」
「成長に向けて、財務資本と非財務資本を統合的に活かし、経営基盤を強化していきます」
「組織の壁を取り払い、複数の部門の強みを掛け合わせて新しい価値を作り出す取り組みです」
「ROEを上げ、PBRも1倍以上にすることを目指し、財務および非財務の基盤の強化とともに、世の中に価値を提供する事業に力を入れていきたい」
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