この判断の核心は、国内で稼いだキャッシュフローと返済のめどを元手に、成熟しつつある日本市場の外へ成長の場を移そうとした点にある。ボーダフォン日本法人の再建で磨いた営業とマーケティングの手法を、規格がLTEへ収斂する米国でもう一度使えるという読みは、それ自体としては筋が通っていただろう。ただ、舞台は文化も商習慣も異なる米国で、日本での快進撃を支えた販売代理店網も存在しない。追い銭は出さないという歯止めをかけつつも、2強の壁が厚い市場へ約1.8兆円を投じた点に、この決断の重さがうかがえる。
その後のスプリントは、孫社長が描いたV字回復には容易に届かず、最終的には2020年にTモバイルとの合併によって決着へ向かった。世界一への野望を掲げた米国進出が当初の思惑どおりに実を結んだとは言い切りにくい。もっとも、この買収を境にソフトバンクが国内の通信会社から世界規模の投資会社へと変わっていく流れは、後のアーム買収やソフトバンク・ビジョン・ファンドへとつながっていった。2012年の大勝負を勝ち負けのいずれかへ早々に切り分けるのは難しく、その評価は今日なお定まっていないとみられる。