ラクス減益を織り込んだ投資先行運営への転換と5か年売上高CAGR目標の上方修正

営業利益率を24%から5%へ落としてでも成長率を取りにいくか——中村崇則社長が2021年に引いた5か年の線

時期 2021年5月
意思決定者(推定) 中村崇則 社長
論点 成長率と利益率の配分、および業績目標の置き方
概要
2021年5月13日、ラクスが2022年3月期から2026年3月期までの新中期経営目標を公表し、当初4年間は成長投資を積み増して減益を織り込み、最終年に効率化で利益を取り戻す運営へ転換した経営判断である。翌2022年5月13日には、初年度の実績を踏まえて5か年の売上高CAGRの下限を25%から26%へ引き上げた。
背景
同社は2019年3月期の決算説明で翌期を減益になっても投資を強めると宣言し、通期計画の開示をやめて四半期ごとの計画開示へ切り替えていた。2021年3月期は在宅勤務と電子化の需要を取り込んで営業利益率25.3%まで戻り、2019年からの3か年目標も売上高CAGR33.9%で超過達成していた。
内容
新目標は5か年の売上高CAGR25〜30%、2026年3月期の純利益100億円以上、純資産200億円以上の3項目である。初年度にあたる2022年3月期は第2四半期の営業利益率を24.1%から4.8%へ落とす計画を示し、同四半期の広告宣伝費を4億5,000万円から18億1,600万円へ積み増した。
含意
2023年3月期を営業利益の底として2024年3月期から増益に転じる道筋も同時に示された。実績は2026年3月期に売上高CAGR31.4%、純利益132億円、純資産260億円となり、3項目とも目標を上回った。一方で株価純資産倍率は36.6倍から10.1倍へ下がっている。
筆者の見解

24.1%から4.8%へという予告

この転換の芯にあるのは、中村崇則社長が2021年5月13日に、営業利益率を24.1%から4.8%へ落とす四半期計画を先に公表したことである。通期の利益見通しは示さず、代わりに置いたのは5年後の純利益100億円以上と純資産200億円以上という2つの水準だけであった。途中の各年度の利益を採点材料から外してほしいという申し出に近い。広告宣伝費を第2四半期だけで4億5,000万円から18億1,600万円へ積み増す計画は、顧客生涯価値が獲得費用を10円でも上回れば成り立つという中村社長の物差しに沿った金額の置き方であったといえる。

もっとも、5か年の3項目をすべて上回った2026年3月期に、株式市場の目盛りは逆を向いていた。株価純資産倍率は36.6倍から10.1倍へ下がり、同社は理由としてクラウド市場への期待の調整と、人工知能を含む競争環境の変化への懸念を挙げている。目標の達成が評価の上昇と一致しない結果を受け、2027年3月期からの新中期経営計画では売上高CAGRの目標が15%以上へ下げられ、成長率と営業利益率の合計を50%以上とするRule of 50が並べて置かれた。利益率を先に手放して成長率を取りにいく書き方は、この5年で一度きりであった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

減益を先に告げる開示への切り替え

利益を落としてでも投資を優先する運営は、2021年より前に一度示されていた。2019年3月期の決算説明資料は、翌2020年3月期について減益になることも厭わず投資を強めると明記している。働き方改革やクラウド化という追い風のもとで、マーケティング施策の検証を速め、採用数を増やす方針が同時に示された。実際、2020年3月期の営業利益は11億7,400万円と前期の14億6,800万円から2割減った[1][2]

開示の形も同時に変えている。同社は2020年3月期について通期計画の開示を行わず、四半期ごとに予算と計画を組み直して開示する方式へ切り替えた。年度の利益を約束しない代わりに、施策の入れ替えを速く回すという説明であった。利益の予告をやめる開示は、投資を積む判断と一体で用意された仕組みといえる[3]

3か年目標の超過達成と、次の5年

2021年3月期は数字が跳ねた。在宅勤務と電子化の需要を取り込み、連結売上高153億8,700万円、営業利益38億9,800万円、親会社株主に帰属する当期純利益29億3,600万円となり、営業利益率は前期の10.1%から25.3%へ戻っている。広告宣伝費を減らした効率化の寄与が11億3,900万円あり、投資を続けながらの増益であった[4][5]

2019年からの3か年中期経営目標も、同じ決算で締めくくられた。2018年3月期を基準に売上高と各段階利益のCAGR30%を掲げていたところ、実績は売上高33.9%、営業利益46.5%、当期純利益49.7%となり、3年間で売上高は2.59倍になった。2021年3月には東証マザーズから市場第一部へ移っている。手元の純資産は78億4,200万円、自己資本比率は68.4%で、次の5年をどう設計するかが残された課題であった[6][7]

決断

5か年の目標に投資期間を組み込む

2021年5月13日、ラクスは2022年3月期から2026年3月期までの新中期経営目標を公表した。掲げたのは3項目で、5か年の売上高CAGR25〜30%、2026年3月期の純利益100億円以上、同期末の純資産200億円以上である。説明資料は、当初4年間に積極的な成長投資を実施して売上高CAGRを追い、最終年に効率化を行って純利益100億円以上を目指すと、5年の使い分けを明示した。CAGR25%なら2026年3月期の売上高は469億円、30%なら571億円という換算も併記されている[8][9]

減らす利益の幅も、同じ資料で数字にされた。2022年3月期第2四半期の計画は、売上高を93億8,400万円と前年同期の1.33倍に置く一方、営業利益は17億400万円から4億4,600万円へ、営業利益率は24.1%から4.8%へ落とす内容であった。同四半期の広告宣伝費は4億5,000万円から18億1,600万円へ、人件費は36億8,200万円から51億300万円へ積み増す計画で、増収効果23億1,000万円に対して成長投資の増加額は35億6,800万円に達した[10][11]

初年度の実績を受けた目標の引き上げ

2022年5月13日、ラクスは初年度の着地を公表した。2022年3月期の連結売上高は206億2,900万円で前期比34.1%増、営業利益は15億7,800万円で同59.5%減、親会社株主に帰属する当期純利益は10億7,800万円で同63.3%減となった。減益は計画どおりで、売上高は計画を超えている。同社はこの結果を受けて5か年の売上高CAGRの下限を25%から26%へ引き上げ、2026年3月期の売上高の下限は488億円となった[12][13]

あわせて、利益が戻る時期も明示された。2023年3月期を営業利益の底とし、2024年3月期以降は増益に転じる方針である。通期計画については当面開示せず、半期ごとに施策と予算を組んで計画を出す形へ改めた。2019年に四半期ごとの開示へ切り替えた方式を、半期という単位に置き直したことになる。中村崇則社長は後年、顧客生涯価値が獲得費用を10円でも上回れば事業として成り立つと語り、投資の可否を判断する物差しを説明している[14][15]

結果

宣言どおりの底と、5か年の着地

利益は宣言した年に底を打った。2023年3月期の連結営業利益は16億5,600万円で前期の15億7,800万円からほぼ横ばいにとどまり、2024年3月期は55億5,900万円、2025年3月期は101億9,200万円と前期比83.3%増になった。同期の売上高は489億400万円で前期比27.3%増である。連結従業員は2021年3月期末の1,230名から2025年3月期末の3,086名へ増えており、人を採り続けたことが増収の土台となっていた[16][17][18]

2026年5月14日、ラクスは5か年の3項目をいずれも達成したと公表した。売上高CAGRは31.4%で目標の26〜30%を超え、2026年3月期の純利益は132億円、純資産は260億円となり、いずれも下限の100億円と200億円を上回っている。同期の連結売上高は602億8,600万円、営業利益は173億4,500万円であった。2021年に25〜30%と置いた線は、上方修正後の26〜30%を含めても実績が上回る形で終わった[19][20]

株式市場側の目盛りと、次の5か年

業績目標の達成と株価の評価は別に動いた。同社の資料によれば、株価純資産倍率は2022年3月期の36.6倍から2026年3月期の10.1倍へ下がっている。自己資本利益率は13.1%から55.4%へ上がり、資本コストは8〜10%程度と試算されているため、収益性の側では改善が進んだ。倍率の低下は、クラウド市場への期待の調整と、人工知能を含む競争環境の変化への懸念によるものと同社は説明した[21]

次の3か年では、目標の置き方そのものが変わった。2027年3月期から2029年3月期の新中期経営計画は、売上高CAGRを15%以上とし、成長率と営業利益率の合計を50%以上とする「Rule of 50」の達成を2028年3月期以降に掲げている。総還元性向20%以上と毎期増配の継続も併記された。成長率だけを追う5年から、成長率と収益性を並べて測る3年へ、物差しが移されている[22]

出典・参考

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