韓国発祥のオンラインゲーム会社が選んだ東京証券取引所への上場

資金調達だけなら米ナスダックもあったはずが、崔承祐社長はなぜ「ゲームのメッカ」を選んだのか

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時期 2011年12月
意思決定者 崔承祐 社長
論点 上場市場の選択と資金調達・ガバナンスの枠組み
概要
2011年12月、韓国発祥のオンラインゲーム会社ネクソンが東京証券取引所市場第一部に上場した経営判断である。調達額は約980億円でその年最大級の新規株式公開となり、韓国取引所や香港証券取引所、米ナスダック市場ではなく東京を選んだ点が注目された。
背景
2009年4月の商号変更で事業持株会社としての体裁を整えたのち、資金調達力とガバナンスの枠組みを対外的に示す必要が高まり、商号や資本関係の整理が上場に向けた地ならしとして進んでいた。
内容
崔承祐社長は上場先に日本を選んだ理由として、韓国との地理的な近さと投資家層の厚さ、日本が「ゲームのメッカ」としての地位を確立していることを挙げ、米ナスダック市場は地理的な遠さと時差を理由に見送った。
含意
上場会社の本籍である東京と、稼ぎ頭である韓国、のちに中国が地理的に一致しない構造が定着し、投資家に対して韓国・中国の業績を日本の開示フォーマットで説明し続ける経営課題が生まれた。
筆者の見解

立地と稼ぎ頭が一致しない会社という選択

崔承祐社長が語った理由は、資金調達の効率だけでは説明がつかない。ナスダックの方が地理的に遠い分だけ知名度や調達規模で有利な場面もあり得たはずだが、同社は近さと「ゲームのメッカ」という土地の性格を選んだ。ゲーム会社として自らの価値をどこで測ってもらうかという問いに対し、韓国発祥のオンラインゲーム会社が日本の株式市場を選んだ判断には、単なる資本政策を超えた立地の選び方が表れているとみることができる。

もっとも、この選択は上場と同時に、本籍地と主戦場が一致しないという構造上のねじれを会社に背負わせることにもなった。韓国、のちに中国で稼いだ利益を、日本の開示フォーマットと会計基準で説明し続ける経路は、上場から10年以上を経ても変わっていない。地理的な近さゆえに選ばれた東京が、その後は遠い韓国・中国の業績を翻訳し続ける場所になったという逆説に、この判断の性格がうかがえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

事業持株会社としての体裁を整えた後

2009年4月、株式会社ネクソンジャパンは株式会社ネクソンに商号変更し、グループの事業持株会社としての位置づけを対外的に示した。2011年2月には韓国の新NEXON CorporationがNEXON Korea Corporationへ商号を改め、グループ内のブランド体系も整理された。この商号と資本関係の整理は、翌年末の上場に向けた地ならしとしての性格が強かった[1]

この間、業績も拡大を続けていた。2009年12月期の売上高は515億円、2010年12月期には697億円に達し、韓国発祥のオンラインゲーム会社として急成長を続けていた。日本の法人格でグループを束ねながら、資金調達手段と対外的なガバナンスの証明をどう整えるかが、経営上の課題として重みを増していた[2]

決断

なぜ日本を選んだか

2011年12月14日付の日本経済新聞のインタビューで、崔承祐社長は上場先に日本を選んだ理由を語った。「韓国はオンラインゲームは盛んだが、まだ歴史が浅い」としたうえで、「日本は韓国から近く、ゲームのメッカとしての地位も確立している」と述べ、地理的な近さと市場としての厚みを理由に挙げた。米ナスダック市場については「地理的に遠く、時差もあるので避けようと思った」と説明した[3]

2011年12月、ネクソンは東京証券取引所市場第一部に上場した。調達額は約980億円に達し、その年の新規株式公開として最大級の規模となった。韓国取引所や香港証券取引所ではなく、また資金調達の規模だけを見れば選択肢になり得た米ナスダック市場でもなく、東京を選んだ判断であった[4]

結果

地理的ねじれの定着

上場した2011年12月期の売上は876億円、営業利益382億円であった。地域別では韓国セグメントが売上631億円・利益337億円と日本の約5倍に達し、日本はわずか130億円・利益22億円にとどまった。上場会社の本籍と稼ぎ頭の地理的不一致は、この時点ですでに数字として表れていた[5]

上場初日、株価は公募価格1,300円に対して初値1,307円をつけ、終値は1,270円であった。会社側は中期的に売上高20%以上の成長と、営業利益率40〜45%を目指す方針を示した。以降、投資家に対しては毎四半期、韓国と中国の数字を日本の開示フォーマットで説明する構図が定着していく[6]

出典・参考