1997年の上場は、DIS単独で見れば順当な昇格であった。店頭登録から6年、売上は1,411億円に届き、採用と資金の両面で本則市場の看板は役に立つ。問題は、その銘柄が親会社とは別に値付けされ、しかも親会社より速く伸びる事業をまるごと抱えていた点にある。持分法にとどまる限り、DISの利益は親会社の連結損益に載らず、親会社の株主は伸びる事業の果実を数字の上で受け取れない。この構造が11年続いたあいだに、価値の差はグループの内部ではなく株式市場の側で処理された。
2008年に43%を握った投資ファンドがしたのは、その差を現金化する手続きにすぎない。大和紡績は最大368億円を借入で用意し、10年余り前に市場へ出した株式を買い戻した。買い戻したうえで消えたのは、子会社の銘柄ではなく親会社の名前のほうであった。1941年の合併以来の商号は2009年7月にダイワボウホールディングスへ改まり、繊維事業は中間持株会社へ寄せられ、2024年3月に85%が投資ファンドへ譲渡された。市場に残ったのは、山村滋氏が社員に語った『いずれは親会社を追い抜いてやろう』という言葉のほうであった。