この上場には、二つの物語が同居していた。ひとつは、筆頭株主の共同通信社と第二位株主の時事通信社が新社屋の建設資金を捻出したいという、大株主の売却の事情である。もうひとつは、成田豊社長が語った開示規律と世界戦略という物語である。前者は上場の引き金を、後者は上場の意味を説明しており、どちらか一方だけでは資金需要の乏しい巨人がなぜ悪環境を押して公開したのかを説き切れないのだろう。
皮肉なことに、上場が広げた買収リスクは、電通自身が海外で買う側に回ることで解消へ向かった。株式という通貨と開示の規律は、後年のイージス買収を可能にした資本面の前提であったといえる。ただしそのイージスが後に巨額の減損に至った経緯を踏まえると、株式公開が開いた海外M&Aの道が果実をもたらしたのかは、なお評価が定まらないだろう。