俣木盾夫

電通グループ・元代表取締役社長

Mataki Tateo(敬称略)

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社長就任 2002年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1962年4月に電通へ入社し、1987年6月に東京本社新聞局長、1991年4月に東京本社営業局長と媒体営業の役職を重ねた。1993年6月に取締役、1995年6月に常務取締役、1997年6月に専務取締役、1999年6月に取締役副社長へ進み、2000年6月に代表取締役副社長へ就任した。2006年3月期の所有株式数は649株で、同じ期の取締役副社長3名の各457株と並ぶ水準である。同期の大株主上位10位は時事通信社12.09%、共同通信社7.37%と通信社2社が占め、個人株主は入っていない。

社長に選ばれた経緯
抜擢

俣木盾夫氏は2002年6月に成田豊氏の後任として代表取締役社長へ就任した。電通が東京証券取引所市場第一部に株式を上場したのは2001年11月30日で、上場から半年後の交代だった。2006年3月期に取締役副社長として並んだ3名は、中村鐵氏と松本宏氏が1963年入社・1997年取締役就任、髙嶋達佳氏が1966年入社・1997年取締役就任で、1962年入社・1993年取締役就任の俣木氏はいずれよりも先任である。年次を越えた登用ではなく、副社長陣の最先任からの繰り上げだった。

在任中の主な施策
施策

就任から半年後の2002年11月6日に本店を東京都港区東新橋一丁目へ移した。1997年9月に店頭市場へ公開していた連結子会社の電通テックは2006年3月28日に上場を廃止し、同年4月1日付で完全子会社となった。連結売上高は就任年度の2002年3月期1兆7,894億円から2003年3月期に1兆6,929億円へ落ち、2007年3月期の2兆940億円まで戻した。経常利益は同じ3期で597億円、453億円、700億円と動き、当期純利益は275億円、230億円、307億円だった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1962〜2007年
在任中の業績 FY01→FY06
就任前(FY01)17,894億円
退任時(FY06)20,940億円
変化(5カ年)+17%
就任前-
退任時(FY06)3.0%
変化-
参考文献 1件
参考文献
  • 電通 有価証券報告書【役員の状況】(2006年3月期)

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