売上高1兆923億円に対し、1984年3月期の当期純利益は8億円だった。その翌年に川崎製鉄が次の収益源として選んだのは、汎用メモリではなく受託設計のASICで、製造設備も自前では抱えなかった。高炉メーカーが半導体に持ち込めるものは資金と土地であって、微細化の設備競争を続ける体力でも、量産品の値下げ合戦で競争優位を保って生き残る経験でもない。設計と顧客対応で稼ぐ構造は、自社にない資源を最小限しか要求しない。
ただ、規模は最後まで小さかった。2006年3月期のLSI事業の売上高は360億円で連結の1%、2012年3月期でも241億円だった。参入時に避けたはずの規模の問題は、設計にも回ってきた。リーマン・ショック後に単独では競争力を保てなくなり、85億円でメガチップスへ渡った。一方、同じ新素材研究から出たニッケル超微粉は川鉄鉱業へ移され、世界シェア50%を占めた。どこまでを自社で持つかという線引きが、二つの事業の行き先を分けたといえる。