この売却を、本業に集中するための飛び地事業の整理と読むだけでは、事の半分しか見ていないことになる。ルクサは村田聡氏が4年で200人規模へ育て、上場も見えていた事業であった。それを自社で伸ばしきる方針ではなく、より相性のよいKDDIへ託す方針を選んだところに、この判断の芯がある。育てた事業をどこで売却するかを見極め、得た資金を本業の重点分野に充当する——ビズリーチはその資源の配分を、創業まもない時期に一度やってのけたのだろう。
もっとも、これを鮮やかな資本配分と呼べるのは、その後のビズリーチの成長を知っているからにすぎない。売却の時点でルクサは200人規模まで育ち上場も視野に入る事業であり、売却せずに伸ばし続ける選択もありえた。実際、事業を率いた村田聡氏はいったんKDDIグループへ移り、のちにCOOとして戻るという回り道をしている。育てた事業と人をいったん外へ出す痛みを払ってでも本業に絞った点は、売却益の大きさだけでは測れないといえる。