小菅丹治
伊勢丹・元取締役社長
(敬称略)- 出自
- 1918年に東京で生まれ、1941年3月に慶應義塾大学を卒業して三井物産へ入社し、江商などを経て1948年6月に伊勢丹の常務取締役へ迎えられた。呉服の売場から上がった生え抜きではなく、商社勤務を挟んで役員の席から入っている。日本企業要覧は1961年版で社長を小菅利雄と記し、1962年版以降は同じ生年・出身地・職歴の人物を小菅丹治と記す。社長就任の前後に三代目丹治を襲名したとみられる。
- 抜擢
- 1960年6月、二代小菅丹治氏が会長へ退いたのを受けて社長に就いた。前任は1908年4月に伊勢丹呉服店へ入店し、1930年9月の株式組織への改組と同じ年に社長となって30年を務めていた。同じ役員欄に並ぶ加藤冨久平氏は1933年9月の入社から取締役まで14年、山本宗二氏は1932年5月の入社から15年を要している。常務のまま12年で社長へ届いた速さは、家の継承によるものと考えられる。就任の2か月前、新宿店の西側には業界で最初のパーキングビルが設けられていた。
- 施策
- 就任の翌1961年10月、東京証券取引所市場第一部へ株式を上場した。三越の上場より12年遅い。1966年に隣接する丸物を傘下へ収め、その跡地に日本で初めての紳士専門百貨店を建てて1968年9月に新宿店新館として開いた。のちのメンズ館である。1972年1月にはシンガポール伊勢丹を海外第一号店として開いた。国内の出店は吉祥寺・松戸・浦和と首都圏に絞られ、1976年11月期の支店売上高は全体の25%にとどまった。
- 評価
- 執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1961年版 経歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1962年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1979年版 経歴・学歴