バーバリー独占ライセンスの喪失と、自社企画ブランドへの売場転換

半世紀のライセンス運営を畳むのか、自社ブランドで売場を埋め直すのか——屋台骨を失った卸売型アパレルの選択

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時期 2014年5月
意思決定者 杉浦昌彦 社長
論点 ライセンス依存モデルの終焉と自社ブランド化
概要
2014年5月、三陽商会が英国バーバリーとの日本国内独占ライセンスを更新せず、2015年春夏で終了すると発表した経営判断。売上のおよそ半分を占めたバーバリー系事業を店じまいとはせず、マッキントッシュ ロンドンなど自社が企画する後継ブランドで売場を埋め直し、海外ブランドのライセンス運営から自社ブランド中心への業態転換に踏み出した。
背景
1965年に取得した独占ライセンスで「バーバリー=三陽商会」を築き、百貨店ルートで連結売上1,400億円前後の安定企業へ育った。だが英国本社が日本市場でも世界共通の商品を直接展開する路線を強め、ライセンスの継続は三陽商会の意思を超えたライセンサー側の判断に委ねられていた。
内容
契約は2015年6月に終了し、中核のバーバリーロンドンは2015年春夏で最後となった。派生のブルーレーベル・ブラックレーベルは「バーバリー」の名を外して存続、子供服は英本社へ移管された。杉浦昌彦社長は畳むのでなく後継ブランドで約7割の売場を確保する方針を掲げ、マッキントッシュ事業を300億円規模へ育てる構想を示した。
含意
後継ブランドはバーバリーの1,400億円規模を短期に代替できず、2015年12月期は連結売上高974億円、2016年12月期は売上676億円・営業損失84億円・純損失113億円と、6期連続赤字の入口となった。外部要因で屋台骨を失った企業が、まず規模の代替へ走った初動の限界がここに表れた。
筆者の見解

失うことより、埋め合わせることの難しさ

この判断の核心は、三陽商会が自ら望んで下したものではない点にある。半世紀続いた屋台骨の帰趨は、ライセンサーである英国本社の世界戦略に握られていた。会社に残された選択は、失う事実そのものではなく、失ったあとの売場をどう埋めるかにあった。杉浦社長が畳むのでなく後継ブランドで約7割の売場を確保する道を選んだのは、百貨店ルートという販売網と1,400億円という事業規模を保とうとする、経営として自然な発想だったといえる。

しかし、ブランドの力は売場の数では代替できなかった。バーバリーの看板がもたらしていた集客と単価を、立ち上げたばかりの自社ブランドが短期に引き受けるのは難しく、規模の維持をめざした初動は、かえって赤字の深さを増した面がある。のちに再建を担った経営陣は、規模への執着そのものを手放すことで黒字化へたどり着く。外部要因で屋台骨を失った企業がまず規模の代替へ走ったこの局面は、失ったものの大きさと、それを埋め合わせることの難しさを、同時に映している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

「バーバリー=三陽商会」を作った半世紀のライセンス運営

三陽商会は1965年、英国の高級ブランド「バーバリー」の日本国内独占ライセンスを取得した。レインコート専業として培ってきた百貨店ルートにこの英国ブランドを載せ、トレンチコートやスーツを中核に「バーバリー=三陽商会」という認知を国内に築いていった。2000年代には連結売上高が1,400億円前後、経常利益が100億円から130億円で推移する安定企業となり、その売上のおよそ半分を、バーバリーと日本向けに独自展開する派生ブランドが占めるまでになった。半世紀にわたり、会社の屋台骨は他社ブランドのライセンス運営に置かれていた[1][2][3]

ライセンサーに握られた屋台骨の帰趨

もっとも、この安定はライセンサーである英国バーバリー本社の方針に支えられた借り物でもあった。英国本社は自社ブランドを世界で統一し、日本市場でも世界共通の商品を直接展開する路線を強めていった。日本向けに独自の商品を企画・販売してきた三陽商会のライセンス運営は、この世界戦略とは相容れない。契約を続けるか否かの主導権は三陽商会ではなくライセンサーの側にあり、屋台骨の帰趨は、自社の努力では動かせない外部要因に握られていた[4]

決断

契約を更新せず、2015年春夏で終える

2014年5月19日、三陽商会はバーバリーとのライセンス契約を更新せず、2015年春夏シーズンをもって終了すると発表した。中核のバーバリーロンドンはメンズ・ウィメンズともに2015年春夏で最後となり、日本向けに独自展開してきた派生のバーバリーブルーレーベル・バーバリーブラックレーベルは「バーバリー」の名を外して存続、グローバルで手がけていた子供服はバーバリー本体へ移管された。派生ブランドまで含めればバーバリーは売上のおよそ半分を占め、今回終了する商品だけで売上の2〜3割にのぼった[5][6]

畳まず、自社企画ブランドで売場を埋め直す

社長の杉浦昌彦氏は、この局面をバーバリー事業の店じまいとはしなかった。バーバリーが抜けた百貨店の売場を、マッキントッシュ ロンドンやマッキントッシュ フィロソフィーなど自社が企画する後継ブランドで埋め直す道を選んだ。杉浦氏はWWDJAPANの取材に「現時点で240〜260と約7割の売り場を確保できる見通しだ」と述べ、マッキントッシュ事業を300億円規模へ育てる構想も掲げた。半世紀続いた海外ブランドのライセンス運営から、自社企画ブランドで売場を持つ会社へと、業態そのものを組み替える選択であった[7][8]

結果

代替できなかった1,400億円と、赤字の入口

後継ブランドは、バーバリーが半世紀かけて日本市場に築いた1,400億円規模のブランド力を、短い期間で代替できなかった。ライセンスが終了した2015年12月期の連結売上高は974億円と、前期の1,110億円から135億円減り、営業利益も66億円へ落ちた。影響が本格的に表面化したのは翌期である。2016年12月期は連結売上高676億円、営業損益は84億円の赤字、当期純損益は113億円の赤字に沈んだ。ここから同社は6期連続の営業赤字という長い低迷に入っていく。外部要因によるバーバリーの喪失は、三陽商会にとって赤字の入口となった[9][10]

出典・参考