この経営判断の核心は、"一族経営の最後"とされた家で、承継が血統の順番ではなく実績によって早められた点にある。雅彦氏は跡取りとして用意されていたわけではなく、伊藤忠商事で商売を学び、入社後は海外開拓と現金決済化という具体的な成果で実質的なトップの座を実力で得た。幸男社長が当初予定を3年繰り上げたのは、その力量への評価であったと思われる。同族企業の承継が、家の論理でなく経営者としての実績で前倒しされた事例といえる。
もっとも、前倒しの登板は追い風のなかではなく、国内外の受注が細る試練の入り口で始まった。若い経営者が長い時間軸を掲げて舵取りを引き受けたこの選択は、その後の森精機がドイツのギルデマイスターとの提携を経てDMG森精機へと世界規模で再編していく布石ともなった。血統が用意した椅子ではなく、力量が早めた登板が、グローバル化への長い道のりの出発点に置かれた。同族と実力のどちらで次の経営者を選ぶか——森精機の1999年の承継は、その問いに一つの答えを示したといえる。