創業家3代目から専門経営者への社長交代
16年続いた鈴木郷史体制のあと、家業として始まったポーラは経営をどこへ委ねたか
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- 概要
- 2022年12月、ポーラ・オルビスホールディングスは次世代の経営体制への移行を発表し、2023年1月1日付で横手喜一氏が代表取締役社長に就いた。創業家の3代目としてグループを率いてきた鈴木郷史氏は代表権のある会長へ移り、家業として始まった化粧品グループの指揮を、創業家から一族の外の専門経営者へ委ねる承継であった。
- 背景
- 鈴木郷史氏は2006年の持株会社設立から16年余り社長を務め、多ブランド化と海外展開を進めてきた。2022年には創業100年にあたる2029年を見据えた長期ビジョン「VISION 2029」を掲げており、国内の既存事業を立て直し、海外展開を伸ばせる体制へ組み替えることが課題となっていた。
- 内容
- 横手喜一氏は1990年にポーラへ入社し、中国の現地法人の立ち上げなど海外事業を実務で支え、2016年にはポーラ社長を務めた人物であった。創業家の鈴木郷史氏が代表権のある会長として取締役会の議長を続けつつ、社長の座を海外畑の専門経営者へ譲る二層の体制へ整えられた。
- 含意
- 家業として始まったポーラは、製販分離・2代目鈴木常司氏・持株会社化を経て、創業家の手を離れた社長を戴くに至った。所有と執行を分けるこの承継は、多ブランドの集合体という現在の姿を専門経営へ委ねる転換であり、創業家が資本と監督の側からどう関与し続けるかという問いを残した。
家業を開いた承継が残したもの
2023年の社長交代の核心は、業績の巧拙を超えて、家業として始まった会社の指揮を創業家の外へ開いた点にあったとみることができる。1929年に個人で興り、製造と販売を分け、2代目・3代目と一族の内で受け継がれてきたポーラは、持株会社という器を得て多くのブランドを束ねる集合体へ姿を変えていた。その集合体を率いる役割を、海外事業を歩んだ専門経営者へ委ねたことは、家業の延長では担いきれない規模と多様さに、経営の形を合わせにいく判断であったとみられる。
もっとも、鈴木郷史氏が代表権のある会長として取締役会に残る以上、創業家の影響力が薄れたと言い切れる段階には至っていない。所有と監督の側に一族が立ち、執行を専門経営者が担うこの二層が、どこまで実質的な役割の分担となるのかは、これからの業績と意思決定のなかで見えてくる。個性の異なるブランドの集合体を一つの意思でまとめ、掲げたグローバル展開をどう形にするか——創業100年の2029年へ向けて、専門経営者に託された課題はなお開かれたままである。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
創業家が率いた持株会社の十六年
鈴木郷史氏は、創業者一族の3代目として1996年にポーラの社長に就き、2006年に純粋持株会社ポーラ・オルビスホールディングスが設立されると、その初代社長となった。訪問販売のポーラと通信販売のオルビスという性格の異なる二つの事業を軸に、THREE や DECENCIA など複数のブランドを傘下に加え、海外にも販路を広げてきた。持株会社という器のもとで多くのブランドを出し入れしながら、鈴木郷史氏は16年余りにわたってグループ全体の舵を取り続けていた[1]。
ポーラの歩みは、家業として始まった化粧品会社が代を継いできた歴史でもあった。1929年に鈴木忍氏が個人で創業し、戦後の1946年に製造と販売を分ける体制を整え、1954年からは創業者の長男である鈴木常司氏が約42年にわたって2代目社長を務めた。常司氏の甥にあたる鈴木郷史氏への交代を含め、経営の中枢は長く創業家の内側で受け継がれてきた。持株会社へ移行してもなお、グループを率いるのは創業一族であり続けた[2]。
VISION 2029 と体制刷新の課題
2022年、ポーラ・オルビスホールディングスは創業100年にあたる2029年を見据えた長期ビジョン「VISION 2029」を掲げ、多様化する美の価値観に応える個性的な事業の集合体というグループ像を示した。コロナ禍で2020年12月期の連結売上高は1,763億円まで落ち込み、主力のポーラや豪州で買収した Jurlique が減収に沈むなど、多ブランド経営の重さも表面化していた。掲げた長期像を実行に移すには、国内の既存事業を立て直し、海外展開を伸ばせる体制へ組み替える必要が生じていた[3][4]。
決断
海外畑の専門経営者への承継
2022年12月、鈴木郷史氏は次世代の経営体制への移行を発表し、翌2023年1月1日付で横手喜一氏が代表取締役社長に就いた。鈴木郷史氏自身は代表権のある会長へ移り、取締役会の議長など経営の中心的な役割は引き続き担うと説明された。創業家の3代目が社長の座を退き、一族の外から経営の実務を担ってきた人物へ指揮を委ねる交代であった。会社は、2024年からの中期経営計画の次の段階に向けて、国内の既存事業の再構築と事業領域の拡張、さらなるグローバル展開の飛躍が欠かせないと述べていた[5][6]。
横手喜一氏は1990年にポーラ化粧品本舗へ入社し、海外事業を中心に経歴を重ねてきた。中国の現地法人の立ち上げに携わり、中国事業の総責任者を務めるなど、グループの海外展開を実務の側から支えてきた人物であった。2016年にはブランドの中核であるポーラの社長を経験し、同年に持株会社の取締役にも名を連ねた。就任時に55歳であり、鈴木郷史氏がやり残した海外の飛躍という課題を、現場を最も知る立場から引き継ぐ格好となった[7]。
所有と執行を分ける二層
この交代で、ポーラ・オルビスホールディングスは所有と執行を役割で分ける形へ近づいた。創業家の鈴木郷史氏は代表権のある会長として取締役会を率い、グループの資本配分や監督の側に立つ。日々の事業運営と長期ビジョンの実行は、海外事業を歩んできた横手喜一氏が社長として担う。創業家が経営の細部まで握る体制から、一族が資本と監督の側に回り、専門経営者が執行を預かる体制への移行であり、家業として始まった会社の統治の形が一つ変わる場面であった[8]。
結果
専門経営者体制の始動
横手体制の初年度となった2023年12月期は、連結売上高が1,733億円、営業利益が161億円と、前年から増収増益となった。コロナ禍で1,600億円台まで落ち込んでいた売上は、訪問販売の持ち直しや海外の回復を受けてゆるやかに戻りつつあった。もっとも、その水準は最高益に沸いた2018年12月期の売上高2,486億円には遠く、掲げた成長軌道への復帰は道半ばにとどまっていた[9]。
新体制が掲げた2024年からの中期経営計画の次の段階でも、業績はなお伸び悩んでいた。2024年12月期・2025年12月期の連結売上高はいずれも1,700億円台で横ばいが続き、コロナ前の水準への回帰には至っていない。国内の既存事業をどこまで立て直し、海外展開をどれだけ伸ばせるかという、承継の理由に掲げられた課題は、横手体制のもとで引き続き問われていた[10]。
- WWDJAPAN(2022年12月1日)「ポーラ・オルビスホールディングス社長に横手喜一氏が就任 鈴木郷史社長は代表権のある会長に」
- 日本経済新聞(2022年12月1日)「ポーラ・オルビスホールディングス社長に横手喜一氏」
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- ポーラ・オルビスホールディングス 有価証券報告書(連結)