鳥取三津子体制の発足と「非航空事業5割」への構造改革

2024年進行中

航空需要がコロナ前を超えたいま、なぜ非航空事業の拡大に踏み込むのか

更新:

時期 2024年4月
意思決定者 鳥取三津子 社長
論点 事業ポートフォリオの多様化と依存リスクの是正
概要
2024年4月にJAL初の女性社長に就任した鳥取三津子が、顧客視点で利益も最大化する方針のもと、非航空事業の利益比率を50%まで引き上げる構造改革を掲げた経営判断である。航空一本足からの脱却を狙い、本稿の時点では進行中の取り組みである。
背景
コロナ禍という2度目の危機を財務規律で乗り切り、2025年3月期には売上収益1兆8,440億円とコロナ前を上回る過去最高を記録した。航空事業は回復した一方、2010年の破綻が残した「単一事業への過度な依存」という教訓が、次の課題として意識されていた。
内容
客室乗務員出身・旧JAS出身の鳥取が社長に就き、市況変動の大きい航空事業のリスクを非航空事業で緩和する収益構造への転換を進める。マイル経済圏の拡大やデジタルサービスを具体策に据え、LCCのZIPAIRも収益多角化の柱に位置づけた。
含意
好調のうちに次の柱を育てる順序は、1993年に改善を先送りし2010年に破綻で代償を払った歴史の裏返しともみられる。ただし非航空5割という数値目標に現実がどこまで届くかは、本稿の時点では見通せない。
筆者の見解

好調のうちに動く、という順序

航空の売上がコロナ前を超えた今、あえて非航空事業の拡大に踏み込む判断は、好調のうちに次の柱を育てるという点で、過去の失敗の裏返しとみることができる。1993年に高コスト体質の改善を好景気ゆえに先送りし、2010年の破綻で代償を払った歴史を思えば、需要が戻ったいま依存の是正に動く順序には、一貫した学習のあとがうかがえる。危機に追われてからではなく、余力のあるうちに手を打とうとしている。

ただし、非航空5割という数値目標が、マイルやデジタルの積み上げで現実にどこまで届くかは、本稿の時点では見通せない。目標の掲げやすさと、収益構造を実際に組み替える難しさのあいだには距離がある。客室乗務員から昇りつめた社長が掲げる「顧客視点」を、収益多角化という抽象を具体的な事業へ落とし込めるか——航空一本足からの脱却は、JALが3度目の危機を招かないための備えとして、これから問われていくとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

航空需要はコロナ前超え、残る依存の課題

日本航空はコロナ禍という2度目の危機を、2010年の破綻後に築いた財務規律で乗り切った。2023年3月期に黒字転換し、2025年3月期には売上収益1兆8,440億円・営業利益1,686億円・純利益1,070億円を計上、コロナ前の2019年3月期を24%上回る過去最高の売上を記録した。インバウンド需要の拡大と国際線のイールド改善が回復を牽引し、航空事業そのものは危機前の水準を超えた[1]

もっとも、航空事業は市況の変動を受けやすい。燃料価格や為替、感染症や地政学の動きひとつで需要が振れ、コロナ禍では売上が7割近く消えた。2010年の破綻が残した教訓は、単一の事業に過度に依存することのもろさであった。売上が戻ったいまこそ、次の危機に備えて収益源を厚くしておく必要が、経営課題として立ち上がっていた[2]

決断

初の女性・客室乗務員出身の社長

2024年4月、鳥取三津子がJAL初の女性社長に就任した。客室乗務員出身で、しかも旧日本エアシステム(JAS)出身という経歴は、世界の航空業界でも珍しい。鳥取は「安全とサービスの2つ、これが私のキャリアそのもの[3]」と語り、現場と顧客の視点を経営の中心に据える考えを示した。多様性の推進と現場感覚を象徴する人事であった[4]

鳥取が背負うのは、象徴にとどまらない実務上の課題であった。旧JAS出身という経歴に社内の融和を問う声もありえたが、統合から約20年が経ち、そうした心配はないとしたうえで、安全とサービスの現場で培った視点を経営に持ち込む構えを見せた。破綻とコロナという2度の危機を越えたJALが、次に現場と顧客に近い経営者を選んだ意味は小さくないとみられる[5]

「非航空5割」という目標

鳥取は「顧客視点で利益も最大化する」方針を掲げ、非航空事業の利益比率を50%まで引き上げる構造改革を打ち出した。市況変動の大きい航空事業のリスクを、非航空事業で緩和する収益構造への転換である。JAS統合から約20年が経ち、出身をめぐる社内の壁はもうないとしたうえで、航空一本足打法からの脱却を経営課題に据えた[6]

具体策には、マイルをためて使う経済圏の拡大やデジタルサービスが据えられた。あわせて、国際線中長距離LCCのZIPAIRも収益多角化の柱に据えた。ZIPAIRは2025年3月期に売上収益1,041億円・EBIT115億円へと伸び、有償座席利用率は84.8%に達した。航空の周辺と低価格帯を別ブランドで広げ、本体の市況依存を薄める設計であった[7]

結果

進行中の転換 ── 本稿の時点で

非航空5割は本稿の時点では目標であり、達成されたものではない。航空事業の回復は続き、2026年3月期には売上収益2兆125億円・営業利益2,073億円とさらに過去最高を更新した。マイル経済圏やLCCといった非航空・周辺領域は伸びているものの、利益比率が5割に届くかどうか、またその時期については本稿の時点で確認できていない。転換の成否は、これからの数年で問われることになる[8]

稲盛時代はコスト構造の手術、植木時代は財務の回復、鳥取時代は収益源の多様化——再建後のJALは、破綻からの課題を段階的に積み替えてきた。コストを削り、財務を厚くしたうえで、次に事業の幅を広げる。三代にわたる順序のうえに、この構造改革が置かれている[9]

出典・参考