日本航空の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

増やす判断は自ら下し、減らす判断は破綻に下させた。1966年6月、日本航空はボーイング747の導入を決めて大量輸送体制へ移る。旅客・貨物需要の倍増予測と空港の過密に対し、便数ではなく機体の大きさで応えた設備投資だった。1983年にはIATA統計の旅客・貨物輸送実績が世界一となり、1987年11月に完全民営化する。ところが1993年3月期に連結経常損失557億円・当期純損失479億円を計上すると、同年6月に賞与抑制と人員合理化によるコスト構造の改革に入る。それでも高コストは残り、2001年11月には日本エアシステムとの経営統合を発表した。2010年1月、負債総額2兆3200億円で会社更生法の適用を申請し、翌2月に稲盛和夫氏を無報酬の会長に迎える。約1万6000人の人員削減と45路線の廃止は、更生手続の下で初めて通った。

免責事項およびポリシー