山地進
日本航空・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
運輸省で運輸事務次官を務めた官僚で、1985年に常勤顧問として日本航空へ入り、同年12月に取締役社長へ就任した。当時の日本航空は運賃改定を運輸省の認可に委ねる立場にあり、1979年には国内線運賃の平均27.4%値上げを申請している。収入の70%を国際線が占め、為替レートは1ドル296円に据え置いたままだった。監督官庁の事務方トップが、被監督企業のトップへ移った人事である。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
日本航空の完全民営化は、1987年9月の関連法案成立を受けて同年11月に実現した。同じ年に明るみに出たのが為替予約で、11年間で36億ドルを超える額が183円のレートで予約されていた。当時の実勢は1ドル130円台だった。社内の気風について、1986年6月に取締役に就き1987年3月に辞めた田中茂信は、失敗を社外へ出さないのが良しとされ、真相を突き詰めて筋を通す者ほど疎まれたと評している。旅客・貨物の輸送実績で1983年から守ってきた世界一の地位も、1988年には他社に渡った。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1985〜1990年
在任中の業績
就任前(FY84)8,272億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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