- 創業
- 1952年12月、朝日新聞出身の美土路昌一氏が日本ヘリコプター輸送を興し、1957年の全日本空輸への改称をはさんで1961年11月まで約9年トップを務めた。譲った相手は同郷の元官僚である岡崎嘉平太氏で、株を握る創業家はそもそも生まれていない。以後の社長の座は、官庁からの招聘と社内の昇格で受け渡されてきた。
- 登用
- 1970年から1987年までの3代は運輸事務次官や海上保安庁長官を務めた官庁出身者で占められ、生え抜きの社長は1987年の近藤秋男氏が最初である。以後は全員が内部昇格で、直近20年の4人はいずれも新卒入社から社長就任まで35年から40年をかけている。人事部長やアライアンス室長を通った者が目立つ。
- 任期
- 社長で10年を超えた代はなく、中興の祖と呼ばれた若狭得治氏も在任は6年である。ただし1976年に会長へ退いたあとも名誉会長・相談役・常勤顧問として2005年の死去まで席が残り、社長の座を離れてからの期間の方が長い。直近3代は6年・7年、現任が5年目と、中期経営計画を2本通せる時間が渡されている。
- 含意
- 若狭得治氏はロッキード事件で外国為替管理法違反などに問われ、1992年に有罪が確定したが、その後も会社は役職を解かなかった。いまも機関設計は監査役会設置会社で、取締役11名のうち社外は4名にとどまる。後継を審議する人事諮問委員会は2016年に置いた任意機関で、委員5人のうち1人は現職の社長である。
1970〜1975年・6年/外部出身
1976〜1982年・7年/外部出身
1983〜1986年・4年/外部出身
1987〜1992年・6年/生え抜き
1993〜1996年・4年/生え抜き
1997〜2000年・4年/生え抜き
2001〜2004年・4年/生え抜き
2005〜2007年・3年/生え抜き
2008〜2013年・6年/生え抜き
2014〜2020年・7年/生え抜き
芝田浩二現任
2021年〜現在・6年/生え抜き
芝田浩二
しばた こうじ
生え抜き(1982年入社)。アライアンス室長・ロンドン支店長など国際線畑を歩み、代表取締役専務執行役員から社長へ
片野坂真哉
かたのざか しんや
生え抜き(1979年入社)。マーケティング室レベニューマネジメント部長・人事部長などを経てANAホールディングス副社長から社長へ
伊東信一郎
いとう しんいちろう
生え抜き(1974年入社)。執行役員・取締役・常務・専務・副社長を経て社長へ。2013年の持株会社移行後はANAホールディングス社長
山元峯生
やまもと みねお
生え抜き(1970年入社)。旅客・法務・客室乗務・人事など各部門を経て社長室長・常務・副社長から社長へ
大橋洋治
おおはし ようじ
生え抜き(1964年入社)。成田空港支店長・ニューヨーク支店長・人事勤労本部長を経て副社長から社長へ
野村吉三郎
のむら きちさぶろう
生え抜き(1959年入社)。総務部・整備工場から人事部長・東京空港支店長を歴任し、常務・専務を経て社長へ
普勝清治
ふかつ せいじ
生え抜き(1956年入社)。日本ヘリコプター輸送に入社し、専務時代にエアーニッポンの再建を担って社長へ。生え抜き2人目
近藤秋男
こんどう あきお
生え抜き(1954年入社)。日本ヘリコプター輸送に入社し営業・人事畑を歩み、副社長から社長へ。同社初の生え抜き社長
中村大造
なかむら たいぞう
外部出身(1983年入社)。運輸省で自動車局長・航空局長・事務次官を歴任し、国鉄理事・新東京国際空港公団総裁を経て社長として招かれた
安西正道
あんざい まさみち
外部出身(1959年入社)。逓信省から海上保安庁長官を務めたのち常務・専務、いったん退社して船舶整備公団理事長に転じ、顧問として復帰したうえで社長へ
若狭得治
わかさ とくじ
外部出身(1969年入社)。逓信省から運輸省へ進み運輸事務次官を務めたのち副社長として招かれ、翌年社長へ