創業者・坂本孝氏のリベート受領問題と経営体制の刷新
リユース初の上場企業を築いた創業者を、ガバナンスはどう退場させたか
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- 概要
- 2007年、ブックオフコーポレーションの創業者で代表取締役会長兼CEOの坂本孝氏が、フランチャイズ加盟店へ什器を納入した取引先から親族企業を通じて私的リベートを受領していた問題で引責辞任し、経営体制を刷新した局面。
- 背景
- 誰でも査定できる標準化買取モデルでフランチャイズを全国に広げ、2004年に東証二部、2005年に東証一部へ上場してリユース初の一部上場企業となった。急成長は創業者への権限集中と裏表であり、内部統制の整備は途上だった。
- 内容
- 2007年5月の週刊誌報道を受け、監査役会直轄の社外調査委員会を設置。坂本氏が1993年から2001年にかけ丸善から計7億4,200万円のリベートを受領していたと認定され、全額返還のうえ会長を引責辞任。橋本真由美氏が代表権を返上し、佐藤弘志氏が新社長に就いた。
- 含意
- 上場企業として求められる規律が、創業者の求心力に頼った経営を許さなくなった局面である。坂本氏はその後「おごり」を認めて外食業で再起した。中古買取という現金・現物・査定裁量が集まる業態のガバナンスの難しさを最初に突きつけた出来事でもあった。
創業者の求心力と、上場企業の規律
この局面の核心は、財務の破綻でも事業の失速でもなく、会社を一代で築いた創業者の私的な振る舞いが、上場企業として求められる規律と正面から衝突した点にある。誰でも査定できる仕組みを発明して古書市場を作り替えた発想力と、その仕組みで得た地位を私益に用いた脇の甘さは、同じ一人の人物の表と裏だった。監査役会の直轄で社外だけの調査委員会を立て、創業者の引責辞任と代表権の入れ替えまで踏み込んだ処理は、オーナーの求心力に頼ってきた会社が、その求心力そのものを手放す判断だったとみることができる。
中古買取という業態は、現金・現物・査定の裁量が現場と経営者の手元に集まりやすく、規律を欠けば私的な利得の温床になりうる。2007年のこの一件は、その難しさを最初に突きつけた出来事であり、店舗での架空買取が問われる2024年の内部不正まで、同じ問いは形を変えて繰り返される。創業者の非凡さと、それを律する仕組みの必要は別物である——坂本孝氏の失脚と再起は、成功した創業経営者を抱える会社が避けて通れない主題を、早い時期に突き出した事例として読める。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
標準化買取モデルで築いたリユース初の上場企業
ブックオフは、坂本孝氏が1990年に相模原で第1号店を開いたところから始まる。初版や装丁の状態を目利きが1冊ずつ鑑定する古書店の慣行を捨て、本の中身ではなく汚れ具合で値を決める方式に切り替えた点に、この会社の独自性があった。定価の10%で買い取り50%で売る、磨き直して新刊同様に整える、売れ残りは百円棚で回す——この3つの原則だけで店を運営できるようにしたことで、査定はアルバイトでも担える作業になった。仕組みを複製できる強みは、1991年に始めたフランチャイズ展開で全国へと広がっていった[1]。
標準化された業態は、リユースという成長市場に乗って規模を拡大した。2004年3月に東京証券取引所市場第二部へ上場し、翌2005年3月には第一部へ指定替えとなって、リユース業界で初めての一部上場企業となった。連結売上高は500億円に迫り、フランチャイズからの加盟料・ロイヤリティ収入と直営店売上が業績の二本柱をなしていた。中古書籍という限られた市場から出発した会社が、公開市場の規律を受ける大企業の側へ移った時期である[2]。
創業者への集権と、整備の途上にあった内部統制
急成長は、創業者への権限集中と裏表だった。坂本孝氏は代表取締役会長兼CEOとして経営の頂点にあり、2006年からは創業期にパート社員として現場を支えてきた橋本真由美氏が社長COOに就いて、坂本氏がCEOを担う併任体制が組まれていた。会社は前月に日本版SOX法の施行をにらんで内部統制整備室を新設するなど、上場企業として求められる管理体制を整えている途上にあった。オーナー経営の色合いが濃いまま規模だけが先に大きくなった状態で、坂本氏の周辺には、親族が代表を務める什器納入まわりの会社が存在していた[3]。
決断
週刊誌報道と、会社の否定
2007年5月9日、週刊文春が、坂本孝氏が親族の代表を務める会社などを通じて、フランチャイズ加盟店に什器を納入した販売会社からリベートを受け取っていたと報じた。あわせて、坂本氏が当該会社の資金を私的に費消し、決算書の改竄を指示したとも伝えられた。会社は同日、事実関係の究明を第一とする姿勢を公表したが、その段階では坂本氏はいずれの事実も強く否定していた。上場企業の創業経営者に向けられた告発として、社内は大きく動揺した[4]。
社外調査委員会の設置から、引責辞任と体制刷新へ
会社は同日の臨時取締役会で、監査役会の直轄とする第三者調査委員会を設けると決めた。委員長には元東京地検検事で弁護士の矢田次男氏を選び、委員はすべて社外から選任して、報道された事実の存否とコンプライアンス上の問題、内部統制全般を調べさせた。6月19日に示された調査結果は、坂本氏が1993年から2001年までのおよそ8年間に、丸善から計7億4,200万円のリベートを受け取っていたと認定した。取引そのものに直ちに違法性は認められないとしつつ、上場企業の会長が私的に受け取るには不透明な資金であることは動かなかった[5]。
結果を受けて、坂本孝氏は受け取った手数料を全額返還したうえで、2007年6月に会長を引責辞任し、保有していたブックオフ株の大半を売却した。経営体制も同時に入れ替わった。代表権を持って現場を率いてきた橋本真由美氏は代表権を返上して取締役会長へ退き、マッキンゼー出身で1997年入社の佐藤弘志氏が新社長に就いた。創業者の求心力に頼った経営から、上場企業としての規律を立て直す側へ、意思決定の重心が移った瞬間だった[6][7]。
結果
「第二の創業」と、創業者の再起
佐藤弘志氏は「中古複合店による第二の創業」を掲げ、本にCD・衣料・ホビーを束ねた大型複合店「BOOKOFF SUPER BAZAAR」の展開と、2008年11月の青山ブックセンター・流水書房の譲受による新刊書店への進出を進めた。創業者の退場を、経営の停滞ではなく総合リユースへの拡張の号砲に読み替えようとする動きだった。もっとも、買い取って磨いて値付けする中古の経済がそのままは効かない新刊事業は、のちに整理の対象となっていく[8]。
坂本孝氏自身は、失脚のあとに再起した。京セラの稲盛和夫氏が主宰する盛和塾に長く通っていた坂本氏は、事件後に呼び出され、恨みを引きずる心中を「復讐しようとしているだろう」と喝破されたという。のちに坂本氏は「自分の中におごりがあったことは認めざるを得ない」と述懐し、「あのまま、もうちょっと続いたら、飛び降りていたかもしれない」とも振り返っている。2011年9月、坂本氏は高級食材を立ち食いで安く出す「俺のイタリアン」を銀座に開き、飲食で再びチェーンの型に挑んだ[9]。