筆者の見解
手続きが人を選ぶということ
この決断の核心は、誰を選んだかよりも、どう選んだかにある。社長という最も属人的になりがちなポストを、社外委員の前でのプレゼンテーションと質疑という共通の手続きに載せ、現社長が自らの進退と報酬までを同じ委員会に預けた。社内の下馬評が財務・繊維担当の常務を推していたなかで、技術畑の長島徹氏が選ばれた事実は、手続きが個人の思惑を超えて働きうることを示している。透明性を経営改革の総仕上げに据えた安居祥策社長の狙いが、目に見える形で結実した場面であったといえる。
もっとも、透明な手続きが良い経営者を選ぶことを保証するわけではない。社外委員の審査は候補の資質を測る一つの物差しにすぎず、選ばれた者が背負う事業の重さは手続きの外にある。長島徹社長が引き継いだ208社の整理統合や不採算繊維の立て直しは、選抜の透明さとは別の次元の実行力を問うものであった。恣意を排する仕組みをどこまで作り込めば十分といえるのか——帝人の後継者選抜システムは、その問いを日本企業に投げかけた先駆けとして残っているのだろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月