社名にレイヨンを残したまま、この会社は繊維を知らない社員を社長に据えた。鎌原正直社長が1965年に配属された樹脂課は、合繊全盛の当時、新規事業にすぎない。その樹脂・化成品が40年後には事業別営業利益の7割を稼ぎ、祖業の繊維は3%あまりに縮んでいた。皇芳之社長が進めたアクリルへの集中を、集中された側の当事者に引き継がせた人事であり、路線を変えるためではなく、決めた路線を速く回すための交代であった。
ただ、繊維から離れても素材産業の周期からは離れられない。就任2年目の2008年3月期は原燃料高と円高で営業利益が37.1%減少し、繊維に代わる主力事業も市況に揺れる事業である事実が早々に出た。世界で圧倒的なMMAチェーンという目標は、市況が反転すれば同じ設備がそのまま重荷に変わる裏返しを持つ。鎌原正直社長がMMAの世界首位と並べて非MMA系での新たな基幹事業育成を掲げたのは、集中の細さを承知していたからかもしれない。