フジクラAI・データセンターへの集中と電線大手の再定義

薄利に苦しんだ電線御三家フジクラは、光ファイバへの「選択と集中」でどのようにAIインフラの主役へ変わったのか

時期 2020年5月
意思決定者(推定) 岡田直樹 フジクラ 社長
論点 事業ポートフォリオの選択と集中
概要
2020年前後の構造改革で不採算事業を整理したフジクラが、生成AI・データセンター需要を追い風に光ファイバと光接続製品へ資源を集中させ、薄利の電線大手から高収益の光通信メーカーへ事業構成を組み替えた経営判断。岡田直樹社長のもと、2026年3月期には売上高1兆1,430億円・純利益1,571億円と5期連続で最高益を更新した。
背景
フジクラは古河電気工業・住友電気工業と並ぶ「電線御三家」の一角だが、銅相場に採算を左右される電線の薄利に長く苦しんだ。加えて中国での光ファイバ需要を見込んだ設備投資が需給の崩れで回収できず、2019年度(2020年3月期)には過去最大級の385億円の最終赤字を計上した。中期経営計画を中止し、「100日プラン」で不採算事業の整理と固定費の圧縮に取り組んだ。
内容
岡田直樹社長は限られた資源を光ファイバと融着接続機など光接続製品へ集中させ、2024年に導体(銅電線)事業を分社化して本体を情報通信中心に再定義した。あわせて、大手ケーブルメーカーが敬遠しがちだったクラウド大手への営業を強め、生成AI・データセンター向けの需要を取り込んだ。
含意
業績は5期連続で最高益を更新し、時価総額は2023年末から17倍の5兆円規模へ膨らんだ。一方、高い収益は情報通信事業への一極集中の裏返しでもある。光ファイバの供給が逼迫するなかで増産投資をどこまで踏み込むかという問いが残り、2027年3月期の会社予想は純利益が前期をわずかに下回る水準にとどまった。
筆者の見解

転んだ製品で立つということ

385億円の赤字を出したのも光ファイバであり、5期連続の最高益をもたらしたのも同じ光ファイバであった。製品は変わっていない。変わったのは売り先と、投資を決める仕組みである。各事業が個別に設備を積んだ体制を改めてCFOを置き、価格に厳しいクラウド大手へ営業を向けた。「全方位戦略はとれない」という岡田直樹社長の言葉は、規模で劣る会社の一般論ではなく、一度回収できない投資をした会社が自らに課した制約だったとみられる。

制約は反対側からも効く。売上の47%を情報通信が占め、利益の偏りはそれ以上に大きい。会社側自身、200億ドルの需要が全部は来ないと断り、米国の新工場は投資回収の確度を見極めがたいとしている。慎重さは2020年の失敗が残した資産であるが、光ファイバの需給が締まったままのいまは、取り逃がしにも変わる。2027年3月期の会社予想が純利益で前期をわずかに下回ったのは、その綱引きの表れといえる。2020年に光ファイバへの投資でつまずいた会社が、いま同じ光ファイバで最大3,000億円の増産に踏み込もうとしている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

光ファイバへの投資が生んだ過去最大級の赤字

2020年3月期にフジクラが計上した385億円の最終赤字は、後に同社を押し上げることになる光ファイバへの投資から生まれていた。中国で光ファイバの需要が伸びると見て積極的に設備を積んだところ、中国市場の成長が停滞し、地場メーカーの発展も重なって需給のバランスが大きく崩れた。同じ時期に新型コロナウイルス禍で中国や欧米の拠点が一時操業を停止し、電線御三家の一角は過去最大級の損失を抱えた[1][2]

損失は、それまでの収益力に照らしても重かった。2019年3月期に売上高7,107億円・営業利益277億円であった連結業績は、2020年3月期に売上高6,723億円・営業利益33億円まで落ち、最終損益は385億円の赤字へ転じた。財務の傷みは翌期まで残り、自己資本比率は2021年3月期に28.61%、自己資本利益率は△3.41%へ沈んだ。投資の失敗が一年ぶんの本業の利益をほぼ消したかたちであった[3][4]

「100日プラン」と、投資を決める仕組みの入れ替え

巨額の赤字を受け、フジクラはただちに構造改革へ乗り出した。まず既存の中期経営計画を中止し、事業再生へ向けた「100日プラン」をまとめて、採算の悪い事業の整理と固定費の圧縮に取り組んだ。売上規模を追い、薄利の電線に幅広く依存してきた事業構成を、収益力の高い分野へ絞り込んで組み替える作業が、この危機からはじまった[5]

手を入れたのは事業の中身だけではなかった。同社は経営体制と組織を刷新してCFOを置き、2021年4月には2013年から続いた社内カンパニー制を廃止した。カンパニー制のもとでは各事業がそれぞれの最適で投資を決めており、その積み上がりが中国向けの過剰投資につながっていた。岡田直樹社長は、この刷新によって全社でメリハリのある投資判断ができるようになったと振り返っている[6][7]

決断

全方位はとらないという方針

2022年4月に社長CEOへ就いた岡田直樹社長が定めたのは、限られた経営資源を光ファイバと光接続製品へ集中させる方針である。巨大な競合と戦って勝ち抜くには、全方位の経営はとれない。勝てる土俵を絞り込んだ末に残した一つが、細径・多心で高密度化に強い光ファイバケーブルであった。まずは収益を重視して高付加価値製品で利益を上げ、そのうえで勝てる分野に投資するという順序が、赤字の直後に置かれた[8][9]

絞り込みは事業構成の数字にも表れた。2015年3月期はエネルギー・情報通信事業部門が売上の56%を占め、エレクトロニクスと自動車がそれぞれ21%で続く構成であったが、2025年3月期には情報通信が47%、エレクトロニクス19%、自動車18%、エネルギー15%へと組み替わった。2024年には祖業にあたる導体(銅電線)事業を分社化し、本体を情報通信中心に据え直している[10][11]

売り先をクラウド大手へ振り向けた

集中させたのは技術だけではなく、営業の向き先でもあった。世界の半数超のデータセンターを使う米大手IT企業は価格に対して厳しく、大手ケーブルメーカーにとって採算のよい顧客とはいえない。そのため各社は長く付き合いのある通信キャリアを営業先として重視する傾向が強かった。業界で相対的に規模が小さかったフジクラは、そこへ逆に踏み込んでクラウド大手への営業を強め、データセンター向けの需要増を取り込んでいった[12]

攻め方が実を結んだことは、後の決算説明会での説明にも表れている。2025年5月、同社は米国のほぼすべてのハイパースケールデータセンターと取引していると説明した。商いはケーブルにとどまらず、光コネクタに使うMTフェルールの増産と、データセンター内で光ファイバを敷き、融着接続機でつなぐ通信エンジニアリングにも広がった。ケーブルを売る会社から、つなぐ工程まで請け負う会社へ位置づけが動いている[13][14]

結果

5期連続の最高益と、株式市場での評価の反転

生成AI・データセンター需要を追い風に、業績は短期間で様変わりした。2025年3月期は売上高9,793億円・営業利益1,355億円・純利益911億円といずれも過去最高を更新し、自己資本比率は49.08%、自己資本利益率は24.35%へ回復した。2026年3月期はさらに売上高1兆1,430億円・営業利益1,950億円・純利益1,571億円へ伸び、最高益は5期連続となった[15][16]

株式市場の評価はそれ以上に振れた。時価総額は2024年3月末の6,742億円から2025年3月末には1兆5,969億円へ膨らみ、2026年1月には2023年末から17倍の5兆円規模に達した。2026年2月10日には、前日の決算発表を受けて売られた株価が一転し、前日比8.51%高の2万3,825円まで急反発する場面もあった。薄利の電線大手という評価は、数年のうちにAIインフラ関連の代表銘柄という評価へ置き換わった[17][18][19]

増産が需要に追いつかないという新しい制約

需要を取り込めたことで、こんどは供給が制約になった。光ファイバは世界的に需給が締まり、同社は自社製を超多心の高機能ケーブルへ振り向け、通信キャリア向けには外部から調達した光ファイバを充てて凌いでいる。2025年2月に佐倉事業所のSWR新工場が竣工し、同年8月には450億円を投じる次世代工場を決めたが、母材からの投資となるため稼働は2029年度を予定する[20][21]

どこで増やすかにも、赤字の記憶がにじむ。足元の需要が大きいのは米国であるにもかかわらず、次世代工場は日本に置かれた。新しい製造技術の開発と工場建設を同時に米国で進めるのは難しく、大きな設備投資は10年から20年先まで考える必要があり、米国の需要が落ち着いた後にコストの高い米国産ケーブルを他地域へ売れるかという懸念もあった——というのが会社側の説明である[22]

2025年11月には米国商務省とAIインフラをめぐる枠組み合意書に署名し、200億ドル規模の光ケーブル需要と受け止めた。ただし全需要が同社に割り当てられるとは限らず、米国での新工場については、需要見通しと投資回収の確度を見極めることは容易ではないとして判断を留保している。2026年5月には、国内400億円とあわせ日米で最大3,000億円を投じる増産を明らかにした[23][24][25]

出典・参考

この決断を下した社長 岡田直樹

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