丸紅 「強い商社」への再生 収益体質の歪みを社内に名指しし、収益力の回復を軸に据えた経営の立て直し
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何をなぜ決めたか
- 背景
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ロッキード事件の後遺症が長引き、丸紅は業界での地位を落とした。1985年には仮説も立てられない状態が続き、社内の沈滞が再生の課題となった。
- 内容
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春名和雄氏は売上一番の競争が利益に結びつくかを問い直し、繊維から育った会社が国内の商いで力を落とした原因を内地屋・貿易屋に分けた人事に、組織の弊害を入社時の配属で経歴が決まるタテワリに求めた。
- 含意
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名指しした弱さは在任中には解けず、財テクの後始末、子会社の整理、不良資産の処理という十数年の再建へ持ち越された。"強い商社への再生"は、自社の弱点を早く言い当てた自己診断の前史として残った。
いつ何が起きたか 5件
筆者の見解
病名を言い当てることと、治すこと
この判断の核心は、大きな組織改革を断行した点ではなく、就任した社長が自社の弱さを自らの言葉で名指しした点にある。売上一番の競争、国内商売の弱さ、部門を隔てるタテワリ。いずれも繊維商から総合商社へ駆け上がった成功の裏返しであり、外からは見えにくい内側の弱点だった。春名和雄氏はそれを、飾らない口ぶりで一つずつ言い当てた。"強い商社への再生"という掲げ方は、まず自社の現在地を認めることから始めるという宣言でもあった。
もっとも、病名を言い当てることと、それを治すことは別である。春名和雄氏が挙げた弱さは在任中には解けず、財テクの後始末、子会社の整理、不良資産の処理という十数年を経て、ようやく2000年代の再建につながった。正確な診断が早い治療を約束するわけではない。"強い商社への再生"は、その距離の長さを示す前史として読める。資源高で最高益を更新した今日の丸紅を見るとき、収益体質を問うたこの1987年の自己診断は、どこまで実を結び、何を持ち越したのか。転換点のたびに問い直す価値のある問いを残している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
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参考文献
- 日経ビジネス 1987年3月2日号(日経BP)
- 日経ビジネス 1985年4月15日号(日経BP)
- 日経ビジネス 1979年12月31日号(丸紅・エネルギー部門の出遅れ)(日経BP)
- 日経ビジネス 2002年3月25日号(日経BP)