ベイカレント創業者の退場とSunrise Capital主導のMBO
2014年実施オーナー創業のままでは進まない刷新を、ファンドの資本と専門経営でどう越えたか
- 概要
- 2012年に創業者の江口新氏が退いて萩平和巳氏へ承継し、2014年にはSunrise Capital中心のMBOを買収価格210億円で実施した経営判断。創業者の資本影響を引き下げてファンド主導で再出発し、2016年の東証マザーズ上場につなげた。
- 背景
- 1998年創業のピーシーワークスは2006年にベイカレント・コンサルティングへ商号を改め、上流コンサルへの脱皮を志向した。だがリーマンショック後に需要が細り、オーナー創業者が株式の多くを握る所有のままでは、経営の刷新も外部からの資金調達も進めにくかった。
- 内容
- 2014年4月にバイロン・ホールディングスを設立し、Sunrise Capital中心の第三者割当増資88.4億円と金融機関借入で旧ベイカレント全株式を取得した(買収価格210億円)。同年10月に吸収合併して二重の法人を一つにまとめ、創業者の資本影響を下げた。
- 含意
- オーナー創業の限界を、ファンドの資本と専門経営者で越える事業承継の一つの型にあたる。上場直後は業績が伸び悩んだが、DX需要を追い風にした後年の急成長の土台となり、創業者の退場が後の飛躍を準備した。
オーナー創業の限界を資本の組み替えで越える
この判断の核心は、財務危機の回避ではなく、創業者が握る資本の構成そのものを組み替えた点にある。独立系の中堅が上流コンサルへ抜け出すには、高給の専門人材を継続して集め、案件を大型化する資金と、それを差配する専門経営者が要る。オーナー創業者が株式の多くを持つ体制のままでは、その両方を同時にそろえにくい。江口氏の退場とSunrise Capitalを大株主に据えるMBOは、オーナー創業の限界を、ファンドの資本と外部の経営者で越えようとする事業承継の一つの型であった。
もっとも、この再出発が後の急成長を約束したわけではない。上場直後の業績は伸び悩み、成長が加速したのは2019年以降のDX需要という外部の追い風と重なってからである。それでも、創業者が資本と経営の両面で身を引いたことが、専門経営者による増員と単価向上の経営を可能にし、後年の飛躍の土台になったといえる。創業の功労者をどう退場させ、次の資本と経営へ引き継ぐか——ベイカレントのMBOは、その問いに一つの答えを示した事例として読める。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
独立系SIerから上流コンサルへの業態転換
ベイカレントの源流は、1998年3月に江口新氏が神奈川県藤沢市で設立した有限会社ピーシーワークスにある。経営・業務とITのコンサルティングやシステム構築を手がける独立系の小規模事業者として出発し、大手SIerが押さえる市場のすき間で大企業の業務改善案件に食い込む受託を重ねた。江口氏は2002年に大手企業向けコンサルの専任部署を設け、2006年12月には商号をベイカレント・コンサルティングへ改めて、構築より上の工程で稼ぐ会社への転換をめざした[1]。
だが、上流への転換は思うようには進まなかった。2008年のリーマンショック後にコンサルティング需要が細り、売上の伸びは鈍った[2]。付加価値の高い戦略・業務改善の領域へ食い込むには、外資系ファーム出身の高給人材を集めて案件を大型化させる資金が要る。創業者が株式の多くを握るオーナー経営のままでは、経営陣の刷新も外部からの本格的な資金調達も進めにくかった。
決断
創業者の退場と外部からの社長招聘
2012年3月、創業者の江口新氏は社長を退き、前年に入社したマッキンゼー・アンド・カンパニー日本共同代表の萩平和巳氏が後を継いだ[3]。ITとコンサルの知見を持つ経営者を外部から招く承継で、創業以来のオーナー主導から専門経営者による運営へ切り替える一歩となった。江口氏は退任後も株主として残り、会社の刷新は経営陣の交代だけでは完結しなかった。次の課題は、資本の構成そのものをどう組み替えるかにあった。
Sunrise Capital主導のMBOと吸収合併
2014年4月、ベイカレントはバイロン・ホールディングスを設立し、投資ファンドのSunrise Capitalを中心に、江口氏と萩平氏も加わる第三者割当増資で88.4億円を集めた。同年6月、バイロンHDは旧ベイカレント・コンサルティングの全株式を取得してMBOを成立させ、買収価格は210億円、取得にあたって多額ののれん(約188億円)を計上した[4]。増資を超える資金は金融機関からの借入でまかない、ファンドを大株主に据える資本構成へ組み替えた。
MBOの狙いは、創業者の資本影響を引き下げ、ファンドと専門経営者が組んで会社を作り替える体制を用意することにあった。2014年10月、バイロンHDは旧ベイカレント・コンサルティングを吸収合併し、同日に商号をベイカレント・コンサルティングへ改めて、事業会社と持株会社を一つにまとめた[5]。二重の法人を残さず運営を簡素にしたうえで、上場の準備に入った。
結果
上場による再出発とその後の成長
ファンドを大株主に据えた再出発は、2016年9月の東証マザーズ上場につながった[6]。1998年の創業から18年、2014年のMBOから2年余りでの上場で、投資ファンドが保有株を売り出す機会にもなった。創業者の江口氏はMBOで一度資本の影響を薄めたのちも、上場の時点では大株主として名を残した。専門経営者とファンドが組む体制のもとで、会社は次の成長段階へ進む足場を得た。
上場直後はコンサル需要が伸び悩んだが、2016年12月に阿部義之氏が社長へ就くと、DX投資の高まりを追い風に中途採用でコンサルタントを積み増す売り方が定着した。会社は2018年12月に東証一部へ、2022年4月にはプライム市場へ移り、2024年9月には持株会社へ移行してコンサルとテクノロジーの二事業を並べた[7]。売上はMBO直後の2016年2月期の158億円から、2025年2月期には1,161億円へ伸びた[8]。
- ベイカレント・コンサルティング 有価証券報告書【沿革】
- 株式会社ベイカレント・コンサルティング 新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)(2016年)
- ベイカレント・コンサルティング 代表取締役社長 萩平和巳 インタビュー(キャリアインキュベーション)
- ベイカレント・コンサルティング 有価証券報告書