前身は1998年設立のピーシーワークス。
2006年にベイカレント・コンサルティングへ商号変更し、2014年に旧子会社を吸収合併した。2024年には持株会社体制に移行しベイカレントに商号変更。持株会社体制で事業ポートフォリオを管理する形へ移行した。
受託でシステムを作る商売では、人を増やせば売上は増えるが、一人あたりの単価に上限がある。ピーシーワークスは1999年の初台で年商4億円、2006年の新宿NSビル5階で55億円まで来たが、増やしたのは人と床であって単価ではない。上限を動かすなら、単価の高い仕事を取るか、それを取れる人を連れてくるかしかない。知名度のない独立系が後者を選べば、外資系ファームに集まった人材へ報酬か裁量を差し出すことになる。江口新氏は2007年1月の中途採用広告で、月給25万円のエンジニアと年俸1,500万円のコンサルタントを同じ紙面に並べた。加えて、案件を発案した者をそのままマネージャーに据えた。報酬と裁量を両方出したのは、破るべき上限が人の側にあると見たからである。
人をどう集めるかは、何を売るかより先に決まることがある。江口新氏が2007年前後に掲げた採用の基準は、経歴ではなく素養だった。中途で採るビジネス系の半数は総合商社や広告代理店などの異業種出身で、未経験者にはコンサルタントとは何かという段階から教えた。発案した者に案件を持たせる運営も併せれば、選んでいたのは知識ではなく、自分で仕事を作れるかどうかである。2006年12月、江口氏は社名をピーシーワークスからベイカレント・コンサルティングへ改め、経営課題の解決から入る会社だと外へ示した。ただし1998年に定めた事業目的の文言は据え置かれ、戦略の立案とシステムの構築は一つの事業本部に同居したままだった。上流の名を先に取り、中身を後から寄せる順番を、この会社は選んだ。
ベイカレントの前身は、1998年3月に神奈川県藤沢市で設立された有限会社ピーシーワークスである。創業者の江口新氏は、経営・業務とITに関するコンサルティング、システムインテグレーション、アウトソーシングを事業目的に掲げた。実際に請け負ったのは大企業の情報システム構築で、独立系のSIerとして出発した。2000年6月に有限会社から株式会社ピーシーワークスへ組織を変更し、2002年3月には本社を東京都新宿区へ移した。顧客となる大企業の本社は東京都心に集まっており、案件を取るには営業の拠点を都心へ置く必要があった。売上高は2005年2月期に33億5,000万円へ達し、設立から9期連続の増収増益を無借金で続けた。
江口氏は1963年に大阪で生まれ、早稲田大学を卒業して経営コンサルタント会社に勤めたのち、1998年にピーシーワークスを設立した。会社は年を追って事務所を移し、そのたびに年商が増えた。1999年に初台へ移って年商4億円、2000年に笹塚で7億円、2001年に代々木で13億円である。2002年に新宿NSビルへ入って17億円、2003年には同じビルの17階へフロアを広げて25億円、2006年には5階へさらに広げて55億円に届いた。創業から2007年の社名変更までの歩みは、移転先と年商だけを並べた8行の年表として掲げられた。
システム構築の受託を積み上げる伸ばし方には、単価の上限がある。経営戦略の立案や業務プロセスの再設計といった上流の仕事は単価が高いが、そこで稼ぐには、戦略を語れるだけでなく顧客の課題を見つけて案件そのものを作れる人材が要る。そうした人材は外資系のコンサルティングファームに集まっており、知名度のない独立系の中堅が引き抜くには、報酬と裁量の両方を示さなければならなかった。2007年1月の中途採用広告は、ビジネスコンサルタントに年俸500万円から1,500万円、ITコンサルタントに500万円から1,300万円という幅の広い条件を示した。同じ広告にはアプリケーション開発エンジニアやインフラ系エンジニアの月給25万円から70万円も併記され、構築の技術者と上流のコンサルタントを同時に募っていた。
2007年1月の取材で江口新氏が成長の鍵として挙げたのは、優秀な人材に出会えたことと人を大切にしてきたことであった。組織として目指す姿には、意欲のある者が自ら望む仕事に取り組める会社を据えた。この時期の経営は、人をどう集めるかを軸に回っていた。採用の物差しは、知識や経験ではなく素養に置いた。翌月の時点では、言語能力を土台に行動力と思考力を持つコンサルタントを採って育てることも重んじられた。経歴で既存ファームの出身者を選ぶのでなく、自ら案件を起こせる素質を見込んで採用し、社内で育成するやり方であった。江口氏が人材の基準として挙げた言葉はハイブリッドで、育成の目標は技術力とビジネス・コンサルティング力の両面を備えることに置かれた。
採用の間口は業界の外へ広げた。業界経験のない者を採る場合は第2新卒から28歳程度までの範囲にとどめ、コミュニケーション能力・問題解決能力・論理的思考力・協調性の4つで資質を見極めた。中途で入るビジネス系コンサルタントの半数は総合商社や広告代理店、外資系金融機関など他業種の出身で、IT系ではコンサルティングファーム出身が4割、SIer出身が6割を占めた。採用責任者の南部光良氏は『この業界は狭いので、異業種から人材を入れないと業界は広がりません』と語り、社内をコンサルタントの道場にする下地づくりを考えていた。経験を持たずに入った新人には、コンサルタントの仕事とはどういうものかという入口から教え、過去の事例を共有する研修と、それをもとに別の解き方を考える訓練を重ねた。
2007年1月の時点で、社員は618名いた。その現場では、職位の上下よりも誰が案を出したかが重んじられた。2007年5月の企業レポートによれば、案を出した者自身がマネージャーとしてプロジェクトを起こすのがベイカレント流で、若手社員も会社の伸びに合わせて存分に力を振るえるという。経営者の目線を若いうちに養える場を求めて将来の起業を目指す人が入ってくるとも、同社を離れて数十億円規模の企業を継いだ社員がすでにいるとも記事は伝えており、自由裁量で人を集める運営は、育てた人材を外へ送り出すことまで織り込んだ仕組みだった。
2006年12月、株式会社ピーシーワークスは株式会社ベイカレント・コンサルティングへ商号を変更し、2007年1月1日から新しい社名で営業を開始した。社名には、社員の叡智が結集するBay(湾)から、クライアントを成功へ導くCurrent(流れ)を生み出すという意味を持たせた。掲げ直した事業内容は、経営戦略の立案からBPR、ITシステムの導入、保守運用までを一貫して手がけるコンサルティングサービスである。構築の下請けではなく経営課題の解決から入る会社であることを、社名で対外的に示した。
社名の後半のCurrentは、クライアントを成功へ導く流れを表す。前半のBayは一流の知恵が集まる湾のことである。そこへ注ぐ3本の川が、Strategy、Business Process、ITの3つのサービスにあたる。江口氏はClient First、Be Excellent、Flexibleの3つを方針に掲げた。競争で優位に立てる理由としては、課題を解くための戦略づくりから、その戦略を形にするITシステムの構築・運用・保守といったアウトソーシング領域までを一手に引き受けられる点を挙げた。品質の裏づけとしては、2005年7月のISMS・BS7799と、2006年7月のISO/IEC 27001:2005の認証取得を示した。
2007年3月時点の会社概要は、事業内容欄に経営とITに関するコンサルティング、システムインテグレーション及びアウトソーシングを並べた。1998年の設立時に定めた事業目的とほぼ同じ文言であった。組織も代表取締役の下にコンサルティング&IT事業本部を一本だけ置く構えで、戦略の立案とシステムの構築が同じ本部に同居した。会社の輪郭を示す数字は、資本金1億円、決算期2月、主要取引銀行は三菱東京UFJ銀行であり、本社は新宿NSビル5階に置かれた。従業員は新社名での営業を始めた2007年1月の618名から、同年5月には742名へ増えた。社名を先に上流へ掛け替え、事業の中身を後から寄せていくことが、次の段階に残された仕事であった。
伸びた数字を実績として掲げてきた会社は、伸びが鈍ったときにその掲示をどうするかを先に迫られる。ベイカレントの沿革は2008年まで、移転先と年商を対にした年表だった。初台で4億円、新宿NSビルで17億円、フロアを広げて55億円と続く並びが実績に見えるのは、次の行に数字を足せるあいだだけである。据え置けば止まったことが見え、消せば過去も一緒に失われる。2010年、同社は年商の記載を年表から落とし、会社概要に直近1期の売上高89億円と執行役員5名の名を掲げ直した。翌年には藤沢から始まる沿革の頁ごと海外拠点の地図へ差し替え、トップページの導線もhistoryからGlobal Networkへ替えた。消したのは由来への関心ではなく、由来に添えてきた数字である。
会社が売られるのは行き詰まったときだとは限らない。ベイカレントの売上は2007年2月期の55億円から2015年2月期の140億円へ、8年で2.5倍になっている。細ったのは年ごとの増分のほうで、利益はそれでも残らず、2014年2月期は経常赤字だった。値の付く商売がありながら利益率が低いという状態は、買い手から見れば伸びしろである。2014年6月、第三者割当増資で88億4,000万円を調達したバイロン・ホールディングスが旧ベイカレント・コンサルティングの全株を210億円で取得し、のれん188億円を計上した。創業者の江口新氏と、2012年3月に社長を継いだ萩平和巳氏は、この増資に出資の側として加わっている。この8年で替わったのは商売の大きさではなく、それを誰が持つかである。
2007年5月に742名だった従業員は、9か月後の2008年2月現在で762名にとどまり、増えたのは20名であった。2009年2月に採取された会社概要も、従業員欄に2008年2月現在の762名をそのまま掲げていた。事業内容欄の文言も、経営とITに関するコンサルティング、システムインテグレーション及びアウトソーシングという並びから動かなかった。資本金1億円・決算期2月・主要取引銀行三菱東京UFJ銀行という会社の輪郭も同じままであった。代表挨拶の本文も、商号変更を決意として語る2007年の文面が2010年10月の採取版まで一字も改まらずに載り続けた。社名を上流へ掛け替えた会社は、掲げる中身も見せる数字も数年のあいだ据え置いた。
2007年時点の沿革は、1998年の藤沢での創業から2006年の新宿NSビル5階への拡張までを、移転先と年商の対で並べた年表であった。1999年の初台移転に年商4億円、2002年の新宿NSビルへの移転に17億円、2006年のフロア拡大に55億円が添えられた。同じ形式は2008年6月の採取版まで残った。ところが2010年3月に採取された沿革からは年商の記載がすべて消え、同年10月には併載されていた売上グラフの画像も外れた。年ごとに増える数字を移転の記録へ組み込む見せ方は、増加が止まれば逆に働く。
2010年10月に採取された会社概要には、それまで無かった売上高欄が加わり、8,900,662千円(2009年度実績)と記された。同じ改訂で役員欄も新設され、代表取締役の江口新氏のもとに執行役員5名の氏名が並んだ。従業員は2010年2月現在で960名に達していた。もっとも、リーマン・ショック後にはコンサルティングの需要が減り、ベイカレントの売上は2011年2月期にかけて成長が低迷した。翌2011年11月の会社概要が掲げた2010年度実績は9,751,264千円で、1年間の増加は8億5,000万円ほどにとどまった。年ごとの伸びを示す年表を下ろし、直近1期の売上高と経営陣の名を掲げる形へ、会社の自己紹介は入れ替わった。
2011年8月に採取された代表挨拶から、2007年以来載り続けてきた一節が落ちた。ITシステムの構築・運用・保守などのアウトソーシング領域まで一貫して担えるという記述が消えた。残ったのは、戦略の立案からトータルでサービスを提供できるという書き方であった。会社概要の事業内容欄も同年11月に、経営とITに関するコンサルティングから経営・業務とITに関するコンサルティングへ改まった。2012年4月には、システム導入の語がSIの2文字へ置き換わった。上流の工程を前へ出し、下流の工程を語の上で後退させる書き換えが、1年のうちに複数の頁で起きた。
2011年10月、沿革を載せていた頁がグローバルコンサルティングNWへ差し替えられた。世界地図の上に、2011年8月24日時点の拠点が示された。同年11月の組織図には、代表取締役の下に欧州拠点・米国拠点・アジア拠点(準備中)・中国拠点(準備中)の4行が置かれた。トップページ左の導線も、前年10月の沿革(history)から海外拠点(Global Network)へ入れ替わった。従業員はこの間に、2010年2月の960名から2011年2月の888名、2012年2月の856名へと2年で104名減った。藤沢での創業から移転を重ねた来歴を見せる頁は、こうして公式サイトから外れた。
萩平和巳氏の名が会社概要に現れるのは、2011年11月の採取版が最初である。前年10月の役員欄と比べると、執行役員5名のうち長谷川洋司氏と三浦大地氏の名が消え、萩平氏の名が加わっていた。萩平氏は京都大学で情報工学を修め、三菱商事のIT部門で戦略IT事業会社の立ち上げに携わった。マッキンゼー・アンド・カンパニーでBTO部門の日本共同代表を務めたのち、2011年5月に入社した。2012年3月、創業者の江口新氏が社長を退き、萩平氏が代表取締役社長に就いた。直前の2012年2月期は、売上高101億円に対して経常利益が4億8,000万円で、売上高経常利益率は5%に満たなかった。商号変更前の2006年2月期の売上高37億7,800万円から6年で2.7倍に伸びた規模に、利益率は伴っていなかった。
日本の代表的な企業が海外で成功を収めることへの貢献をうたい、『世界初の日系グローバルトップファームとなって、日本企業の世界での成功を支援したい』と掲げたのは、2012年6月に採取された代表挨拶である。その文面は、江口氏の3段落から萩平氏の長文へと全面的に改められていた。業界ごとの縦割り組織はなくすとした。シンガポール大学や北京大学と組んだ海外研修を、経営層が先頭に立って進めることも並べた。しかし同じ一節は、同年11月の採取版で日本初のグローバルトップファームへと改められている。提携先の大学名も、世界トップ校という表現へ置き換わった。11月の組織図からは、前年に置かれた4つの海外拠点の行が消えている。海外へ広げると掲げた志の射程は、半年のあいだに一段縮んだ。
2010年10月の会社概要は、執行役員として阿部義之・朝日竜樹・長谷川洋司・南部光良・三浦大地の5氏を並べていた。2013年8月の同じ欄で執行役員に残るのは阿部氏だけで、ほかは小塚裕史・山際龍太・関口諭の3氏へ入れ替わった。人員は2012年2月の856名を底に、2013年2月に880名、2014年2月に920名、2015年2月に1,052名へ戻った。売上高も2013年2月期112億円、2014年2月期118億円、2015年2月期140億円と伸びた。ただし2014年2月期は経常赤字であった。増員と増収が同時に進みながら利益が残らない形は、社長の交代を挟んでも変わっていない。
2014年4月、東京都港区にバイロン・ホールディングス株式会社が設立された。Sunrise Capitalを中心とする第三者割当増資で88億4,000万円が払い込まれ、江口新氏と萩平和巳氏も出資に加わった。同年6月、バイロンは旧ベイカレント・コンサルティングの全株式を取得して完全子会社とし、買収価格210億円に対してのれん188億円を計上した。増資で賄えない取得資金は金融機関からの長期借入でまかない、2015年2月末の自己資本比率は37.7%となった。同年8月には、本社を新宿区から東京都港区へ移した。10月にはバイロンが旧ベイカレント・コンサルティングを吸収合併し、同日付で商号を株式会社ベイカレント・コンサルティングへ改めた。
2015年4月の会社概要は、本社を東京都港区虎ノ門1丁目23-1 虎ノ門ヒルズ森タワー9階、主要取引銀行を三井住友銀行と記した。前年6月時点の新宿NSビル5階・三菱東京UFJ銀行から、居所と取引銀行が同時に替わり、執行役員は8名へ増えた。同年8月の会社概要では、常勤役員の欄が代表取締役社長・取締役4名・監査役1名と執行役員4名に組み替えられた。別に非常勤の社外取締役4名と社外監査役1名が加わった。事業内容欄からはSIおよびアウトソーシングの行が落ち、経営・業務とITに関するコンサルティングだけが残った。創業から17年にわたり掲げ続けた下流の工程は、会社が自分を説明する文面から消えた。
人月で稼ぐ事業では、単価と稼働率は同じ天秤の両側に載っている。2016年秋、上場を果たしたばかりのベイカレントは、継続案件を絞って受注価格を引き上げ、単価の側だけを先に動かした。空いた人員を埋める高単価案件は集まらず、90%を超えていた稼働率は70%台へ沈み、社長は3か月で交代した。後任の阿部義之氏は順序を逆にし、まず人を案件へ戻した。その後の3か年計画では、EBITDAを目標の約2倍まで積み、営業利益率は20%から32%へ上がった。上場直後に失敗した高単価化は、稼働率を崩さない範囲で時間をかけて実現した。2026年2月期には人員の伸びが鈍り、成長の説明は一人当たり売上へ移っており、単価の側を再び動かす局面に入ったとみられる。
2016年9月2日、ベイカレント・コンサルティングは東証マザーズに株式を上場した。新しく発行した株式は5万株にとどまり、既存株主による売出1,168万400株が公開の大半を占めた。上場前の株主構成を見ると、Sunrise Capital系の3ファンドが計43.13%、EHRS L.P.が10.75%を握っていた。主幹事は野村證券が務め、ファンドが上場時に持分の一部を売る予定も開示されていた。半年後の2017年2月末、Sunrise Capital系の持分は計5%強まで下がった。反対に創業者の江口新氏は買い増しを続け、2018年2月末には10.06%を持つ筆頭株主へ戻った。この上場は、会社が資金を得る場というより、2014年に資本を組み替えたファンドが持分を手放す場として設計されたとみられる。
上場日に公表した成長可能性の説明資料は、案件の高付加価値化を成長の柱に据えていた。萩平和巳社長はこの路線を進めるため、10月から営業部門を含む社内体制を組み替え、自ら指揮を執った。継続取引で安定した収益を生んでいた案件の受注を制限し、受注価格も引き上げた。しかし契約を終えたコンサルタントを埋めるだけの高単価案件は集まらず、90%超を保ってきた稼働率は70%台へ落ちた。顧客は突然の申し入れに困惑し、社員からも施策を疑う声が出たことを、会社は翌月の株主向け文書で認めた。12月9日に2017年2月期の業績予想が引き下げられ、萩平氏は業績悪化の責任を取って社長と取締役を辞した。人員を抱えたまま単価だけを先に動かした手順が、人月事業の土台である稼働率を崩したのだろう。
後任の社長には、取締役としてコンサルティング&IT事業本部を率いていた阿部義之氏が、社外取締役を含む全会一致で選ばれた。1989年に野村総合研究所へ入社し、複数のIT企業を経てきた人物である。阿部氏は既存の顧客を回って新体制を説明し、稼働率の回復を何より先に置いた。2017年1月の株主向け文書では、急で危うさを伴う成長計画はとらず、足元の収益を守りつつ着実に伸ばす方針を示した。MBOで積んだのれんについても、外部の専門機関の支援を受けて減損テストを行い、減損は生じていないと説明した。2017年2月期は売上高172億円に対し、営業利益は23億円へ減った。単価を上げる前に人を案件へ就かせるという順序の組み替えが、以後の増収の起点になった。
2017年8月3日、フューチャーとフューチャーアーキテクトの2社が、ベイカレントと元従業員を不正競争防止法などに基づいて訴えた。差止めと損害賠償を求め、請求額は合計165,000千円であった。刑事では2019年3月、東京地裁が元従業員に懲役1年・執行猶予3年と罰金50万円を言い渡した。判決は、ベイカレントの採用担当が引き抜き用の人材リストを頼み、元従業員が原告の全従業員名簿を不正に持ち出したと認めた。罪に問われたのは元従業員だけで、ベイカレントは刑事の被告になっていない。民事は2026年2月期末もなお続き、会社は請求が認められるとは考えず、引当金を積まなかった。中途採用で頭数を積む成長の仕方が、競合の人材をどこまで取りに行けるかという線引きの問題を抱えた。
会社は2019年2月期からの3年間を、先々の拡大に備えて基盤を固める期間と位置づけた。最終年度の目標は、売上320億〜350億円とEBITDA約70億円に置かれた。この間の2018年12月には、上場先を東証一部へ移した。最終年度の2021年2月期、売上収益は429億円、EBITDAは139億円となり、EBITDAは目標の約2倍に達した。経営戦略やDXに関わる付加価値の高い案件が増え、営業利益率は3年で20%から32%へ上がった。株式時価総額は約500億円から約5,000億円へ、年間配当は1株40円から170円へ増えた。上場直後に急いで挫折した単価の引き上げは、稼働率を保ったまま3年をかけて果たされたといえる。
2021年4月、会社は2026年2月期を最終年度とする5か年の中期経営計画を公表した。年率20%を目安に伸ばし、最終年度に売上1,000億円とEBITDA300億円超を得る目標を置いた。取り組みには、高付加価値化の推進と並んで社員4,000名体制の構築が挙がった。採用は計画を上回り、期末のコンサルタント数は2021年2月期の1,941名から2024年2月期の3,837名へ倍増した。2024年2月期の売上は93,909百万円、EBITDAは35,312百万円となった。会社はこれをもって、5年で計画した業績目標を3年でおおむね達成したと総括した。人員を倍にしながらEBITDAマージンは37.6%を保っており、増員が利益率を削らない運営が定着したとみられる。
2024年4月に示した次の5か年計画は、2029年2月期に売上2,500億円を掲げた。前提はCAGR20%程度の成長で、EBITDAマージンは30〜40%を保つとした。成長策にはコアクライアントとの取引拡大と並び、DX/IT実装を担うテクノロジー子会社の立ち上げが入った。ただし計画期間中の実装支援は、DXなど実績のあるコンサル周辺の領域に限るとした。同年9月には吸収分割で持株会社体制へ移り、商号を株式会社ベイカレントへ改めた。事業はコンサルティングとテクノロジーの2つの子会社へ移り、持株会社単体の従業員は4,321名から593名になった。分社は提案と実装を別の採算で測る会社を先に用意した組み替えで、売上を伸ばす手段はなおコンサルタントの頭数であった。
2026年2月期の連結売上高は1,483億円となり、上場直後の2017年2月期の172億円から約8.6倍に増えた。EBITDAは52,125百万円で、売上とともにおおむね計画どおりに着地した。コンサルタント数は4,784名から5,590名へ16.8%増えたが、組織強化のための再配置を行った影響で伸びは例年より緩やかであった。代わりにコンサルタント一人当たり売上が計画を約4%上回り、稼働率は80%台半ばで推移した。株価は下期から下がり、AIの進化で需要が細るという投資家の懸念にも、会社は資料で答えた。2026年3月18日には最大約300億円の自社株買いを発表し、2027年2月期も一人当たり売上を約5%上げる想定を示した。成長の説明の重心は、頭数から一人当たり売上へ移りつつあった。
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事実根拠:出所(ベイカレント)