同意なき買収への対応
株式の過半を市場で買い集めれば、会社の支配権は手に入る。しかし日本では、制度上は可能なこの買い集めが長く実行されなかった。取引先と主力銀行が互いの株式を保有する持ち合いによって発行済株式の多くが固定され、市場に出回る株は薄かった。買い集めようとすれば株価が上昇し、そもそも持ち合いの相手は株式を売却しない。加えて、会社の支配権が売買の対象だという理解も乏しかった。取締役の多くは社内の昇進で選ばれた従業員であり、株主総会は短時間で終わっていた。安定株主の確保は資金調達と並ぶ経常の業務であった。経営陣の同意を得ない提案は乗っ取りと呼ばれ、提案した企業が取引上の信用を失う行為と見なされた。
持ち合いという前提が崩れたのは、不良債権の処理で銀行が保有株を売却し、事業会社どうしの持ち合いも解けた時期である。安定株主が保有せず市場で売買される浮動株が増加すれば、買い集めは成立する。外国人株主も増加し、提案の可否は取引関係の維持ではなく条件の有利さで判断されるようになった。さらに株式公開買付の手続きが整い、取締役会が採れる防衛策の範囲も司法の場で示された。
2005年、ライブドアはニッポン放送株を時間外取引で買い集めたが、フジテレビジョンが系列の中核会社を囲い込んで決着した。翌年の王子製紙による北越製紙へのTOBは日本初の本格的な敵対的買収として実行され、北越側が退けている。2007年のブルドックソースは、新株予約権の無償割当でスティール・パートナーズを排除した。三件とも提案した企業が退いており、同意なき買収はこの時期、成立しない手段として記憶された。
転機は2019年である。伊藤忠商事はデサントへのTOBで議決権を25.5%から40.0%へ引き上げた。提案したのは短期で株式を売却する投資家ではなく、すでに筆頭株主だった事業会社である。ニデックによるTAKISAWAの子会社化も同じ産業の会社による提案で、対象会社の取締役会は最終的に賛同した。
2000年代の三件との差は、防衛策の巧拙にはない。変わったのは提案者である。株式を売却して利益を得る投資家の提案は退けられた。一方、同じ産業で事業を営む会社が正面から条件を示せば、取締役会はそれを拒む理由を株主へ説明しなければならない。こうして同意を得ない提案そのものが、正規の手段として定着した。
財務諸表のどこを見るか
大株主の状況で買い手の議決権比率がどこまで積み上がったかを見る。5%を超えた時点からは大量保有報告書が出るため、買い集めの速度はそちらで追える。買収防衛策の導入・継続・廃止はコーポレート・ガバナンス報告書と株主総会の議案に現れ、新株予約権の無償割当を実施すれば発行済株式総数と資本の部が動く。防衛にかかった弁護士・アドバイザー費用は特別損失に計上される。