パワー半導体の垂直統合をめざしたローム買収提案とその取り下げ

2026年撤回

全株取得による内製化か、買収によらない協業か——車載パワー半導体の垂直統合をめぐる賭け

時期 2026年3月
意思決定者 林新之助(社長)
論点 車載パワー半導体の内製化と垂直統合
概要
2026年、デンソーはSiCパワー半導体を含む車載半導体の内製化と安定調達をめざし、ロームに対しTOBで全株を取得して子会社化する総額約1兆3000億円規模の買収を提案した。ロームは東芝・三菱電機とのパワー半導体事業統合を選び、取締役会と特別委員会の賛同が得られなかったため、デンソーは2026年4月に提案を取り下げた。買収によらない協業を続ける一方、同日に最大約3136億円の自己株式TOBを発表した。
背景
EV化と知能化で、電力効率に優れる炭化ケイ素(SiC)パワー半導体の重みが増し、車載システムの中核を担うデンソーは半導体の内製化と安定調達を課題としてきた。2020年にトヨタ自動車から車載半導体の広瀬製作所を譲り受け、2025年5月にはロームと半導体分野の戦略的パートナーシップで基本合意して、資本関係の強化も検討課題に置いた。同年9月末までにデンソーはローム株の約5%を取得した。
内容
2026年、デンソーはロームへTOBによる全株取得と子会社化を提案した。買収額は約1兆3000億円規模とされ、アナログICやSiCパワー半導体の技術と人材を取り込み、設計から製造までを自社の内側に束ねる垂直統合をねらった。半導体の安定調達が自動車部品メーカーの事業の継続を左右するとの判断が、買収という強い手段の背後にあった。
含意
ロームは東芝デバイス&ストレージ・三菱電機とのパワー半導体事業統合を選び、デンソーの提案に賛同しなかった。子会社化による垂直統合は実現せず、デンソーは買収によらない協業へ切り替えた。全株取得という近道を欠いたまま、車載半導体の内製化を連携でどこまで進められるかが残された課題となる。
筆者の見解

全株取得の近道を欠いた垂直統合

この判断の核心は、車載半導体の内製化をめざしてきたデンソーが、戦略提携や株式の一部取得にとどめず、全株取得による子会社化という強い手段まで踏み込んだ点にある。電動化と知能化でSiCパワー半導体の重みが増すなか、設計から製造までを自社の内側に束ねられれば、調達の不安を抑えつつ製品を作り込める。買収はその垂直統合を一気に実現する道だった。しかしロームは東芝・三菱電機との連合を選び、取締役会と特別委員会は賛同しなかった。相手の同意を欠いたまま、子会社化による垂直統合は宙に浮いた。

買収を取り下げたあと、デンソーは全株取得ではなく、技術開発や製造での協業を続ける道に切り替えた。手元にはローム株の約5%と、両社が結んだ戦略提携が残る。子会社という強い結びつきを持たないまま、アナログICやパワー半導体の内製化を連携でどこまで深められるかは、本稿の時点では定まっていない。同じ時期にロームが加わった3社連合の再編がどう進むかも見通せない。全株取得という近道を欠いた車載半導体の垂直統合を、デンソーが連携の積み重ねで代替できるのか——この問いは、なお開かれたままである。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

電動化が押し上げた半導体の重み

クルマの電動化と知能化が進むにつれ、半導体はデンソーの事業を左右する部品になった。電力を扱う電動車では、損失の小さい炭化ケイ素(SiC)を用いたパワー半導体が欠かせず、走行や安全の機能を一つのチップに集めるモビリティコンピューターの開発も進む。半導体を組み込む部品メーカーにとって、安定した調達ができるかどうかは事業の継続そのものに関わる。デンソーはこの流れのなかで、外部からの購入だけに頼らず、半導体を自社の内側で設計・製造する道を探ってきた[1]

内製化への布石と戦略提携

半導体を自社に取り込む動きは、買収提案より前から始まっていた。2020年4月、デンソーはトヨタ自動車から主要な電子部品事業を譲り受け、車載半導体を手がける広瀬製作所として動かし始めた。エンジン部品で培ったパワーエレクトロニクスの蓄積を電動化時代の製品へつなぐうえで、半導体を内側に抱える拠点の確保は、外部調達への依存を薄める布石になった[2]

2025年5月、デンソーは民生市場で半導体技術を築いてきたロームと、半導体分野の戦略的パートナーシップの構築で基本合意した。デンソーの自動車システムの構築力と、ロームのアナログ半導体などの技術を組み合わせ、クルマの電動化・知能化を支えるデバイスをそろえる狙いで、両社の資本関係を強める案も検討課題に挙げた。デンソーはその後もローム株の取得を進め、同年9月末までに発行済み株式の約5%(4.98%)を握った[3][4]

決断

全株取得による子会社化の提案

2026年に入り、デンソーによる買収の動きが表面化した。同年3月6日、ロームは一部報道を受けて、デンソーから株式取得の提案を受領したのは事実だと認めた。提案はTOB(株式公開買付け)でロームの全株取得をめざすものとみられ、買収額は約1兆3000億円規模とされた。3月24日にはデンソー自身が、ロームへ株式取得を提案していると正式に表明した。1年前の戦略提携から、デンソーは資本による全面的な取り込みへと一歩を進めた[5]

デンソーがロームの全株取得に踏み込んだ狙いは、車載半導体を設計から製造まで自社の内側に束ねる垂直統合にあった。ロームが持つアナログICやSiCパワー半導体の技術と人材を取り込めば、電動化と知能化に必要なデバイスを内製で賄いやすくなる。半導体を安定して調達できるかどうかが自動車部品メーカーの事業の継続を左右するとの判断が、買収という強い手段の背後にあった[6]

結果

3社連合の浮上と賛同なき取り下げ

ロームは、デンソーの子会社になる道とは別の再編を選んだ。2026年3月27日、ロームは東芝デバイス&ストレージの半導体事業、三菱電機のパワーデバイス事業との事業・経営統合に向けた協議の開始で基本合意した。3社のパワー半導体の世界シェアを合算すると11.3%となり、既存2位のオンセミを上回って、首位のインフィニオン・テクノロジーズに次ぐ規模になる。国内勢による大型再編が、デンソーの提案と同じ時期に動き出した[7][8]

賛同は得られなかった。ロームの取締役会と特別委員会は、企業価値の向上や共同の利益といった観点から検討したうえで、デンソーの提案に賛同する結論には至らなかった。2026年4月28日、デンソーは株式取得の提案を取り下げた。林社長は、買収は取り下げるが協業の可能性は失われておらず、技術開発や製造での協力のほうが顧客に届ける価値を高められると説明した。デンソーは同日、最大約3136億円の自己株式のTOBもあわせて発表した[9][10]

出典・参考