ローランドDGへのTOB断念(2024年・ブラザー工業の決断)

更新:
論点 対抗TOBの価格を上乗せするか
ブラザー工業:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
対抗TOBの提案と、その取り下げによる買収競争からの離脱

何をなぜ決めたか:対抗TOBの提案と、その取り下げによる買収競争からの離脱

概要

2024年3月13日、ブラザー工業が、MBOによる非公開化を進めていた産業印刷機中堅のローランド ディー.ジー.(DG)に対し、1株5200円での対抗TOBを予告した経営判断。両社に事前の合意はなく、いわゆる"同意なき買収"となったが、ブラザーは5月に価格を引き上げないと決め、提案を取り下げた。

背景

ブラザーは印刷ヘッドを供給するローランドDGへ過去2回買収を提案し、いずれも拒まれていた。そこへ米投資ファンドと組んだMBOの報が届く。4年間の共同開発を重ねた相手を手放すまいと、ブラザーは対抗TOBという手段に踏み込んだ。

含意

同意なき買収が増えるなかで、価格の論理と事業会社の矜持が衝突した一件であった。

いつ何が起きたか 7件
当時の取締役 11名

当時の取締役(2023年6月株主総会決議)

考察:撤退という判断をどう読むか
考察

考察:撤退という判断をどう読むか

この一件で問われたのは、買収の巧拙よりも、何のために買うのかという問いであった。価格を一段積めば競争優位を築けたとの見立ては多い。買った先に築くべき協業が、当の相手との信頼を欠いては成り立たない――そう見切ったのだとすれば、価格競争を降りた選択には一貫した筋が通っているようにみえる。

とはいえ、競争優位を築ける盤面で降りたことが、産業印刷機を伸ばす貴重な機会を手放す代償を伴ったことも確かである。同意なき買収が制度の後押しで増えていく時代に、事業会社はどこまで泥くさい戦いに付き合い、どこで矜持を優先するのか。ブラザーの撤退は、その線引きを一社の判断として示した事例として読むことができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

ブラザー工業:ドミノ(インダストリアル・プリンティング)事業の推移

売上収益(百万円)
ブラザー工業:ドミノ(インダストリアル・プリンティング)事業の推移
(百万円) 売上収益営業利益 備考
2019年3月期 71,2342,864 開発プロジェクトの見直しにより開発資産の除却損を計上した
2020年3月期 67,5373,918
2021年3月期 69,824△23,940 のれんの一部の減損損失により営業損失
2022年3月期 84,7314,307 翌期有報の組替後の値。当初開示は売上収益81,726・営業利益4,950
2023年3月期 100,830△5,787 金利上昇を受けた割引率の上昇でのれんの一部を減損
2024年3月期 109,643△24,071 公開買付けを予告した期。事業セグメント利益は5,071百万円
2025年3月期 119,3963,566
2026年3月期 139,291△1,670 インダストリアル・プリンティング事業へ改称。ドミノは125,326、産業用プリンターは13,964
出所:ブラザー工業 有価証券報告書 第127期〜第134期(経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析、セグメント別の業績)
出所:ブラザー工業 有価証券報告書 第127期〜第134期(経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析、セグメント別の業績)

ブラザー工業:のれんと減損損失の推移

うちドミノ事業(百万円)ドミノ以外ののれん(百万円)
ブラザー工業:のれんと減損損失の推移
(百万円) のれんうちドミノ事業のれんの減損損失 備考
2020年3月期 91,43190,2240 のれんは総資産の12.5%を占めていた
2021年3月期 75,84574,65727,197 新型コロナウイルス感染症の拡大で事業計画を慎重な前提へ見直した
2022年3月期 79,36678,8980
2023年3月期 70,84070,37310,625 金利上昇に伴う割引率の上昇により回収可能価額が減少した
2024年3月期 52,95552,48928,216 英ポンド高、割引率の上昇、デジタル印刷機市場の成長の遅れによる
2025年3月期 53,67953,2140
2026年3月期 60,57857,9500 MUTOHホールディングスの連結子会社化によりドミノ以外ののれんが増えた
出所:ブラザー工業 有価証券報告書 第128期〜第134期【事業等のリスク】(のれんの減損リスク)
出所:ブラザー工業 有価証券報告書 第128期〜第134期【事業等のリスク】(のれんの減損リスク)

公開買付けの開示

公開買付けの開示
科目 概要 備考
対象会社 ローランド ディー.ジー.㈱ 予告した公開買付けの対象。ブラザーは同社株を保有していなかった
取得した株式数 100株 増加の理由は「公開買付準備のために購入」。非上場株式以外の株式で増えた唯一の銘柄
取得価額 0百万円 貸借対照表計上額も0百万円。百万円未満のため0と表示している
保有目的 予告した公開買付準備のための一時的な保有 純投資目的以外の目的である投資株式として開示した
株式を取得した事業年度 第132期(2024年3月期) 有価証券報告書の提出日は2024年6月26日。取得の時期は月次では開示していない
公開買付けの実施 開始せず 第132期の【重要な後発事象】は該当事項なし。【企業結合等関係】にも記載はない
取得した株式の処分 第133期(2025年3月期)に売却 【株式の保有状況】に「当事業年度に売却いたしました」と記している
買付価格・買付期間・買付予定数の下限 記載なし ブラザー工業の有価証券報告書に公開買付けの条件の記載はない
産業印刷機事業の位置づけ ドミノ事業 2015年6月に英ドミノ・プリンティング・サイエンスの全株式を取得して参入した領域
出所:ブラザー工業 有価証券報告書 第132期(2024年3月期)【株式の保有状況】【経営上の重要な契約等】【重要な後発事象】/第133期(2025年3月期)【株式の保有状況】
出所:ブラザー工業 有価証券報告書 第132期(2024年3月期)【株式の保有状況】【経営上の重要な契約等】【重要な後発事象】/第133期(2025年3月期)【株式の保有状況】
当時の取締役 11名

当時の取締役(2023年6月株主総会決議)

参考文献

参考文献

参考
  • ブラザー工業 有価証券報告書(連結・IFRS)
  • ブラザー工業 有価証券報告書「第132期(2024年3月期)【株式の保有状況】」
  • ブラザー工業 有価証券報告書「第132期(2024年3月期)【事業等のリスク】【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】」
  • ブラザー工業 有価証券報告書「第133期(2025年3月期)【株式の保有状況】」
  • ブラザー工業 有価証券報告書「第127期〜第134期(2019年3月期〜2026年3月期)」

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