コクヨぺんてる株37%の取得と子会社化の試み、45.6%全株のプラスへの売却
縮む国内文具市場で、黒田英邦社長は筆記具の技術と海外販路をどう手に入れようとしたか
- 概要
- 2019年5月、コクヨが投資ファンドの保有するぺんてる株37%を間接取得し、11月15日には1株3,500円で議決権50%超を取ると発表した経営判断。プラスの対抗を受けて買付価格は3,750円まで上がったが過半数には届かず、2022年9月30日に保有する45.6%の全株をプラスへ売却して撤退した。
- 背景
- 国内の文具・事務用品市場は2021年度に4,118億円と4年前から11.2%縮み、そのなかで筆記具だけが伸びていた。海外売上比率はパイロットが69%、三菱鉛筆が47%に達する一方、筆記具を主力としないコクヨは10%以下にとどまる。業界2位のプラスは中堅メーカーの買収を重ね、2018年にはぺんてるとの共同販売会社コーラスを構想していた。
- 内容
- マーキュリアインベストメントが運営する投資事業有限責任組合の有限責任組合員持ち分を1株換算3,000円で全部取得し、2019年9月に直接保有へ切り替えて議決権45.05%を得た。10月に届いた差出人不明の内部文書を機に子会社化へ進み、1株3,500円、次いで3,750円で買い付けた。
- 含意
- ぺんてるは連結売上高371億円のうち海外比率が65%を占め、コクヨに欠けていた筆記具の技術と海外販路を備えていた。買収が成らなかった後、コクヨは2022年7月に94億円で香港のオフィス家具企業を買収し、営業利益の大半をファニチャー事業が稼ぐ構成へ進んだ。
買えなかったものと、残ったもの
コクヨが取りにいったのは会社そのものではなく、自前では育たなかった筆記具の技術と、120以上の国と地域に伸びる販路であった。海外売上比率が10%以下の総合文具メーカーが、69%のパイロットや47%の三菱鉛筆と並んで海外で売るには、外から買うほかに道は乏しい。ファンドの持ち分を丸ごと買った2019年5月の手法も、3,750円まで値を上げた11月の判断も、その一点から見れば筋が通っている。誤算は、値段では決まらない相手だったことにある。
45.6%という中途半端な持ち分は3年間動かせず、2021年には50億円の減損として損益に表れた。手放して得たのは中国市場での販売提携だが、両社の温度差を指摘する声も業界周辺にはあった。他方、コクヨが2022年に94億円を投じた先は香港のオフィス家具企業であり、同じ年のファニチャー事業は165億円の営業利益を稼いでいる。文具で買えなかったことが、オフィスへ寄る判断を早めたとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
縮む文具市場と、伸びていた筆記具
国内の文具・事務用品の市場規模は、2021年度に4,118億円と4年前から11.2%縮んでいた。職場のペーパーレス化と児童・生徒数の減少が続いたところへ、コロナ禍による小売店の営業時間短縮とインバウンド需要の消滅が重なった。そのなかで唯一伸びていたのが筆記具で、国内首位のパイロットコーポレーションの2021年12月期売上高は1,030億円と、10年前から48%増えている[1]。
差は海外での稼ぎ方に表れていた。海外売上比率はパイロットが69%、三菱鉛筆が47%に達する一方、筆記具を主力としない総合文具メーカーは10%以下が多い。海外で売るには特色ある技術かブランドが要るという条件を、コクヨは満たしていなかった。1905年に和式帳簿の表紙メーカーとして大阪で創業し、紙製品と流通網で国内首位を築いた会社にとって、筆記具は手薄なままの領域であった[2][3]。
コーラス構想と、動き出したぺんてる株37%
業界2位のプラスは2010年代を通じて中堅メーカーを傘下に収めていた。2017年にノートメーカーのキョクトウとアピカを買収し、2018年にはセーラー万年筆と資本提携を結ぶ。同じ2018年5月には、プラスとぺんてるが50%ずつ出資する共同販売会社コーラスの構想が表面化した。1つの卸問屋に4社が別々に営業する重複をコーラス1社に絞る計画で、社長にはぺんてるの和田優社長が就く予定であった[4]。
この構想は、複数の文具卸問屋の反発で発表直前に流れた。プラスと組むならぺんてるとの取引をやめるという声が上がり、ぺんてる社内からも長年の卸に対する裏切りだという反対が噴出した。1993年のアスクル、2001年のジョインテックスと、プラスが卸問屋や文具店を迂回する事業を重ねてきた経緯がそこにあった。同じころ、2018年1月にぺんてる創業家の保有する37%が投資ファンドのマーキュリアインベストメントへ1株2,000円で渡っていた[5][6]。
決断
ファンド持ち分の買い取りという手法
37%の行き先をめぐる議論は、2019年春にプラス主導で進んだ。1株2,700円で複数の文具メーカーが買い取り、分散して保有する案であった。ところが5月10日、コクヨは取締役会で、マーキュリアインベストメントが運営するPI投資事業有限責任組合の有限責任組合員持ち分をすべて取得すると決議する。1株換算3,000円という異例の手法でぺんてる株37.45%を間接に押さえた背景には、プラス主導で業界再編が進むのを阻みたいという事情があった[7][8]。
有価証券報告書が挙げた理由は、ぺんてるの技術と海外販売力であった。エナージェル、オレンズ、サインペンといったブランドを持ち、世界22の販売拠点を通じて120以上の国と地域で売る会社と組めば、グローバルステーショナリー事業で首位に立てるという判断である。9月24日にはぺんてる取締役会が組合から直接保有への譲渡を承認し、コクヨの議決権は45.05%となった[9]。
差出人不明の封書と、子会社化の発表
両社の協議は海外事業では続いたものの、国内事業では進まなかった。株主名簿の開示を求めてもぺんてるは応じない。そこへ2019年10月16日、コクヨの代表取締役宛てに差出人不明の封書が届く。コクヨによる過半数取得を阻むためプラスがぺんてる株の40%を取得することが望ましいと記された、ぺんてるの内部文書であった。10月29日には資本提携の日程を記した2通目が届いている[10]。
11月11日、コクヨ経営陣はぺんてる本社を訪ねて和田優社長と小林健次取締役に文書の真偽をただし、第三者と資本業務提携の協議を行っていないことを約束する誓約書案を渡した。ぺんてる側が13日に遺憾とする書面で応じると、コクヨは15日に緊急記者会見を開き、1株3,500円で議決権を50%超へ引き上げると発表する。プラスが上限33.4%・同額で対抗すると、20日には3,750円へ引き上げた[11]。
結果
45.6%で止まった持ち分と、50億円の減損
ぺんてるはプラスをホワイトナイトとして受け入れ、プラスは30%を確保した。コクヨの保有は45.6%にとどまり、過半数には届かなかった。ぺんてるは非上場で株式に譲渡制限がつき、取締役会の承認なしには取得が認められない。コクヨは株を買い取る際に株主総会の委任状もあわせて集め、譲渡が否決されれば臨時株主総会で役員を入れ替える構えを見せていたが、そこまでは進まなかった[12][13]。
筆頭株主となった後も提携の話は動かなかった。2021年12月期の第1四半期、コクヨはぺんてる株について50億円の減損損失を営業外損失に計上する。海外での業績悪化が想定を超え、構造改革費用を含む中期経営計画の見直しが重なったためで、当期の損益を含めた持分法投資損失は52億円に達した。黒田英邦社長は同年9月の時点で、まだ互いに利のある絵を描けていないと認めつつ、売却は考えていないと述べていた[14][15]。
全株の売却と、ファニチャーへの傾斜
2022年9月30日、コクヨは取締役会で、保有するぺんてる株の全部をプラスへ譲渡し、あわせて海外文具市場での事業拡大を目的とする業務提携をぺんてると結ぶことを決議した。売却は11月30日に完了し、投資有価証券売却益9億円を計上している。プラスの保有比率は76.3%となった。ぺんてる商品をコクヨの販路で中国市場へ売るというこの提携については、両社の温度差を指摘する声も業界周辺から出ていた[16][17]。
一方でコクヨは、2022年7月に94億円で香港のオフィス家具企業を買収し、木材加工のベンチャーとも資本業務提携を結んでいた。2022年12月期のファニチャー事業の営業利益は165億円で、ステーショナリー事業の68億円、ビジネスサプライ流通事業の33億円を上回る。2030年に売上高5,000億円を掲げた長期ビジョンCCC2030のもとで、利益の多くをオフィス空間が支える構成が固まった[18][19][20]。
- 週刊東洋経済 2019年12月7日号「深層リポート ぺんてる争奪戦が過熱 コクヨを激怒させた密告書」
- 週刊東洋経済 2020年8月8日号「スペシャルリポート 文具業界を揺るがす動乱『コクヨvs.プラス』の全真相」
- 週刊東洋経済 2021年9月25日号「トップに直撃 コクヨ 社長 黒田英邦『ぺんてる株の売却はない 構造改革を支持していく』」
- 週刊東洋経済 2022年11月26日号「産業リポート コクヨは王座を守れるか ぺんてる争奪戦に白旗」
- コクヨ 有価証券報告書(2019年12月期・連結)
- コクヨ 有価証券報告書(2021年12月期・連結)
- コクヨ 有価証券報告書(2022年12月期・連結)