パイロットコーポレーションの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

30年かけて広げた事業から撤退し、31年寝かせた特許で世界へ出た。1950年4月に名古屋のインキ工場を分離してパイロットインキを設立し、1960年1月にパイロット機工を設立して、本体・インキ・機工の3社体制をとる。1967年に中国製の安価な万年筆が497万本流入すると、1968年6月期に約14億円の欠損金を計上して無配へ転落した。1969年からは貴金属・OA機器・電子文具へ広げたが、1991年に電子文具の貸倒れで社長が辞任した。2002年1月には3社共同の株式移転で持株会社を設立し、2003年7月と2008年7月の吸収合併で1社へ戻した。2001年に再着手したメタモインキは、1975年の特許取得から31年後の2006年にフリクションとして欧州で発売される。多角化した事業の整理と並行して古い特許を作り直したことが、筆記具1品目のまま海外へ出せる商品を残した。

免責事項およびポリシー