企業の歴史 : 明治百年(東洋経済新報社、1968年)「三菱鉛筆」
- [1]創業者は眞崎仁六。佐賀県の出身
- [2]明治11年(1878年)のパリ万国博覧会で鉛筆を見て、その国産化を思い立った
- [3]明治11年のパリ万国博覧会で鉛筆を見た「佐賀県の人」眞崎仁六が国産化を思い立った。創業のころ鉛筆は一般大衆には全く未知のもので、わずかに一部の官庁(主として逓信省)が輸入品を用いていた
- [4]約10年間苦心の末に鉛筆の製造にこぎつけた
- [6]明治20年(1887年)に眞崎鉛筆製造所を設立し、水車を動力として鉛筆の製造を開始したのが同社の創業にあたる
- [7]創業のころ鉛筆は一般大衆には全く未知のもので、わずかに一部の官庁(主として逓信省)が輸入品を用いていた
- [9]創業のころ鉛筆は一般大衆には全く未知のものだった
- [11]同社の製品は馴染みがうすい上、品質の面でもおくれていた
- [12]返品に悩まされる苦難の時が続いた
- [13]明治34年(1901年)に逓信省の正式採用が決まった
- [14]逓信省の正式採用により社業の基礎が固まった
- [15]創業は1887年、逓信省の正式採用は1901年で、その間は14年
- [16]明治36年(1903年)に三個のダイヤを商標登録した
- [18]一号、二号、三号の三種の鉛筆が始めて逓信省に採用された喜びを後世に伝えるためだった
- [19]三種の鉛筆と眞崎家代々の家紋「三鱗」を象徴するものとして三個のダイヤを商標とした
- [20]商標登録のときから社章として使用している
- [21]三菱財閥の登録に先立つこと10年であった
- [25]大正時代になるや欧州大戦により輸入の杜絶もあって社業は一層の飛躍を遂げた
- [26]輸入途絶により社業は一層の飛躍を遂げた
- [27]大正14年4月17日、色鉛筆の製造を専業とし独自の地位を占めていた大和鉛筆を合併して眞崎大和鉛筆株式会社となった
- [29]合併により黒芯、色芯ともに国内第一人者の地歩を確立した
- [32]第二次大戦により全施設を失った
- [34]昭和21年(1946年)には早くも生産を開始した
- [35]昭和26年(1951年)に戦前のピークの生産量を達成した。明治百年は「日産五万五〇〇〇グロス」と記すが、1962年の年間販売量2,742千グロス(月産約22.9万グロス)および1968年の月産能力26万グロスと整合せず、月産の誤記とみられるため本文では数量を書かない
- [55]昭和33年(1958年)に世界水準をぬく「ユニ」を発売した
- [56]「ユニ」は世界水準をぬく品質の鉛筆として発売された
- [77]昭和41年(1966年)に「ハイ・ユニ」を売り出した
- [78]年間売上高は51億円(昭和42年)
- [79]売上のうち鉛筆は約70%、ボールペン約15%、シャープナー約8%、残りはサインペン他
- [81]主力の鉛筆は月産26万グロスの能力を有し、金額で約50%のシェアを持つ
- [82]1968年時点の資本金4億円、従業員1233名、本社は東京都品川区東大井五の二三
- [83]鉛筆はかなり普及し伸び率は低くなっているが、その他の分野にまだ伸び余地は大きく、将来は筆記具以外の分野にも進出を計画している
- [90]品質・生産量ともに世界のトップメーカーとしての地位を占めている(1968年時点)
三菱鉛筆 有価証券報告書【沿革】
- [5]有価証券報告書【沿革】は「眞崎鉛筆製造所として東京都四谷区内藤新宿1番地において創業」と記す
- [17]逓信省指定商品として採用された局用鉛筆1号、2号、3号の三種の鉛筆を表徴する商標として「三菱」のマークを登録した
- [23]1952年6月、商号と商品名の統一を図るため、眞崎大和鉛筆株式会社の社名を三菱鉛筆株式会社と改称した
- [24]1916年に品川区大井町に工場を新設移転
- [31]1940年5月に子安工場(現・横浜事業所)、1944年12月に小松工場(現・山形工場)を新設
- [39]昭和27年に社名を三菱鉛筆に改めた(有価証券報告書は1952年6月、証券誌は昭和27年5月と記す)
- [40]商号と商品名の統一を図るための商号変更だった
- [84]藤岡工場は現在の群馬工場
- [85]1965年1月に藤岡工場(現・群馬工場)を新設
- [86]1967年9月に大阪支店を設置
- [87]1972年5月に東京証券取引所市場第一部へ指定替え
- [88]1962年9月の二部上場から1972年5月の一部指定替えまでは9年8か月
- [94]1975年3月に株式会社ホビーラホビーレを設立(現・連結子会社)
- [97]1979年2月にユニ工業株式会社を設立(現・連結子会社)
- [100]1983年11月に本社社屋が竣工
- [101]有価証券報告書【沿革】に1965年の藤岡工場以降の国内工場新設の記載はない
- [102]1986年4月に創業100年を迎える
- [103]沿革に現れる海外関係の記載は1977年6月のMITSUBISHI PENCIL CORP.,OF AMERICA設立が最初で、以後1984年10月のMITSUBISHI PENCIL CO.U.K.LTD.設立まで販売会社が続く。海外の製造拠点は1990年5月のイギリスROYAL SOVEREIGN LTD.買収が最初
- [104]1977年6月にMITSUBISHI PENCIL CORP.,OF AMERICAを設立(現・連結子会社)
- [105]1984年10月にMITSUBISHI PENCIL CO.U.K.LTD.を設立(現・連結子会社)
- [106]1990年5月にイギリスROYAL SOVEREIGN LTD.を買収
- [107]1990年6月に山形三菱鉛筆精工株式会社を設立(現・連結子会社)
- [108]2002年5月にイギリスROYAL SOVEREIGN LTD.を売却。買収の1990年5月から12年後にあたる
- [109]1990年5月に買収した英ROYAL SOVEREIGN LTD.を2002年5月に売却する一方、1996年12月シンガポール、1997年11月スペイン、1998年3月台湾、1998年12月豪州、2000年11月ベトナムと海外現地法人の設立が続いた
- [110]1996年12月シンガポール、1997年11月スペイン、1998年3月台湾、1998年12月豪州、2000年11月ベトナムに現地法人を設立
- [111]2004年3月に三菱鉛筆商務(香港)有限公司、2005年1月に上海新華菱文具制造有限公司を設立
- [115]2002年7月に大阪支店を閉鎖し、2003年5月に三菱鉛筆関西販売、2004年5月に三菱鉛筆中国販売を設立した
- [116]2002年7月に大阪支店を閉鎖
- [117]2003年5月に三菱鉛筆関西販売株式会社を設立、2003年6月に三菱鉛筆東京販売が三菱鉛筆西関東販売を合併
- [118]2004年5月に三菱鉛筆中国販売株式会社を設立
- [119]沿革では2002年7月の大阪支店閉鎖に続いて、2003年5月の三菱鉛筆関西販売設立、2003年6月の三菱鉛筆東京販売による西関東販売の合併、2004年5月の三菱鉛筆中国販売設立が並ぶ
- [121]2001年12月に株式会社永江印祥堂を買収(現・連結子会社)
- [161]2018年8月に新本社社屋を竣工し、横浜事業所の研究開発、生産管理などの一部組織を新本社に集約
- [162]2021年3月に横浜ロジスティクスセンターが竣工
- [165]2022年4月に東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場に移行
- [173]2016年4月にMITSUBISHI PENCIL France SAを買収、2019年1月にuni Mitsubishi Pencil North America, Inc. と uni-ball Corporation を設立
三菱鉛筆 有価証券報告書【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】(第151期)
- [8]当社グループは1887年(明治20年)の創業以来、「最高の品質こそ 最大のサービス」を社是としている
- [10]創業者である眞崎仁六が日本にも鉛筆を普及させたいと願い、「はさみ鉛筆」を一本ずつ販売することから事業が始まった
- [54]海外製品にも負けない鉛筆をつくりたいと考え、1958年に最高品質の鉛筆「ユニ」が生まれた
週刊東洋経済 2020/3/21「【特集 三菱 150年目の名門財閥】Part3 三菱エリートのカネと出世 「三菱トリビア」10選」
- [22]三菱鉛筆は三菱系ではない。鉛筆に使われている三菱マークはスリーダイヤの約10年前に登録された
証券 1962年11月号「新規上場会社紹介(第二部・その他製造業)三菱鉛筆株式会社」
- [28]合併により発足した眞崎大和鉛筆株式会社の資本金は135千円
- [30]証券1962年11月号は「設立 大正14年4月17日」と記す。有価証券報告書【沿革】は「1925年4月 大和鉛筆株式会社と合併し、眞崎大和鉛筆株式会社設立」として日までは記載しない
- [36]資本金は終戦時700千円、昭和23年10月に3,000千円、24年6月に8,000千円、25年8月に16,000千円
- [37]昭和28年11月に真和工業株式会社(資本金800千円)を吸収合併し資本金を25,000千円へ、昭和28年12月に50,000千円へ増資
- [38]終戦時700千円から昭和28年12月の50,000千円までは71.4倍
- [42]資本金は昭和32年4月に75,000千円、34年4月に100,000千円、36年10月に150,000千円(公募400千株を含む)
- [43]本社は横浜市神奈川区入江町2丁目250番地、東京営業所は品川区大井立会町620番地
- [44]取引銀行は日本興業銀行・住友銀行・三菱銀行・富士銀行・三和銀行・第一信託銀行・群馬銀行の7行
- [45]昭和37年6月期末の支払手形390,836千円、短期借入金313,349千円、流動負債994,931千円は負債資本合計1,791,885千円の55.5%
- [46]昭和37年6月期末の資本合計597,316千円は負債資本合計1,791,885千円の33.3%
- [47]1962年時点の会長は数原三郎、社長は数原洋二、取締役に数原祥三。大株主も数原洋二104,360株・数原三郎102,200株・数原祥三77,220株と数原姓が並び、役員にも大株主にも眞崎姓は現れない
- [48]1962年時点の役員は会長 数原三郎、社長 数原洋二、常務 大川義幸、取締役に大塚啓・田村文雄・桐谷文朗・坂本晃・数原祥三・青山当一
- [49]大株主(昭和37年6月30日現在)は数原洋二104,360株、数原三郎102,200株、戎直吉102,000株、宮川好子99,670株、太田政吉83,770株、数原祥三77,220株
- [50]大株主に三菱鉛筆東京販売79,600株、横浜銀行80,000株、日本興業銀行80,000株
- [51]株式数3,000千株・株主数393名・平均持株数7,634株
- [52]地域別の株式数比率は東京49.3%(1,480,650株)、神奈川24.4%(730,920株)、大阪6.6%(198,710株)
- [53]1952年に社名を三菱鉛筆へ変更して創業家の名が社名から消え、1962年時点の経営と大株主は数原家が占める
- [58]昭和37年9月28日に東京証券取引所市場第二部へ上場した
- [59]上場時の資本金は250,000千円
- [60]授権株式数12,000千株、未発行株式数7,000千株、上場株式数は旧3,000千株・新2,000千株
- [61]決算期は6月30日と12月31日の年2回。したがって各期の売上高は半期の数字にあたる
- [62]昭和37年6月期の売上高1,319,371千円、当期純利益130,510千円
- [63]昭和36年12月期の売上高1,205,851千円。37年6月期と合わせた1年間は2,525,222千円
- [64]昭和36年6月期の売上高は1,156,164千円
- [65]昭和37年6月期の販売内訳比率は鉛筆85.5%、シャープナー9.7%、各種ボールペン3.0%、その他1.8%
- [66]主要製品である鉛筆は墨芯・色芯鉛筆に大別され、その種類は100品目に及んでいる
- [67]全国7ブロックにある販売会社、その下部機構の販売所(50店)、代理店(30店)、小売店(約4万軒)等を通じ販売
- [68]トンボ鉛筆、コーリン鉛筆を始め同業社約70社中、販売量で30%、販売金額では45%の占有率
- [69]販売金額シェア45%と販売量シェア30%の差は15ポイント
- [70]鉛筆の年間販売量は2,742千グロス、同金額2,256,810千円
- [71]1グロスは144本。2,742千グロスは394,848千本にあたる
- [72]今後も非鉛筆部門を拡充し5年後には鉛筆部門60%、非鉛筆部門40%とする総合文具メーカーをめざしている
- [73]最近の消費傾向として鉛筆は高級品に移る傾向があり、またボールペンの需要も旺盛
- [74]これら増産に対処すべく横浜工場を昭和38年末までに約3億円をかけ拡充する
- [75]約3億円の投資は年間売上高2,525,222千円の11.9%にあたる
- [76]昭和37年6月期の広告宣伝費87,892千円は一般管理販売費277,392千円の31.7%、売上高1,319,371千円の6.7%
- [80]昭和37年6月期の鉛筆比率85.5%と1967年の約70%との差は15ポイント
- [89]鉛筆の年間販売量は世界最大の生産量である(1962年時点)
三菱鉛筆 有価証券報告書【沿革】【主要な設備の状況】
- [33]子安工場は現・横浜事業所、小松工場は現・山形工場。いずれも第151期【主要な設備の状況】に現存が記載されている
企業の歴史 : 明治百年(東洋経済新報社、1968年)/証券 1962年11月号/三菱鉛筆 有価証券報告書【沿革】
- [41]商号変更の月は資料により異なる。明治百年は「二七年四月」、証券1962は「昭和27.5」、有価証券報告書【沿革】は「1952年6月」と記す
三菱鉛筆 有価証券報告書【事業の内容】(第151期)
- [57]「ユニ」の名は現在も社名・ブランド名に受け継がれている。第151期【事業の内容】は国内の主な製造会社として㈱ユニ・ユニポリマー㈱、その他の事業としてユニ工業㈱、海外の主な販売会社として uni-ball Corporation を挙げる
証券 1970年4月号「新規上場会社紹介 マックス株式会社」
- [91]昭和44年6月期の売上原価率は三菱鉛筆61.7%、マックス67.3%、伊藤喜工作所73.2%
証券 1962年11月号/証券 1970年4月号
- [92]販売金額シェア45%に対し販売量シェア30%であり、かつ業界内で最も原価率が低い
証券アナリストジャーナル 1974年11月号「大日本インキ化学工業」
- [93]木材資源の枯渇から合成木材鉛筆を三菱鉛筆、トンボ鉛筆と共同で開発した
日経ビジネス 1975年9月号「三菱鉛筆の「趣味の店」戦略前線 “手作りの楽しさ”パック 潜在需要の開拓めざす」
- [95]日経ビジネス 1975年9月号が「三菱鉛筆の『趣味の店』戦略前線 “手作りの楽しさ”パック 潜在需要の開拓めざす」として報じた
三菱鉛筆 有価証券報告書【事業の内容】(第150期)
- [96]その他の事業の主な事業は、ユニ工業㈱による粘着テープ事業及び㈱ホビーラホビーレによる手工芸品事業である
- [98]その他の事業はユニ工業による粘着テープ事業とホビーラホビーレによる手工芸品事業
- [120]第150期【事業の内容】は国内の販売会社として「三菱鉛筆東京販売㈱、三菱鉛筆関西販売㈱、三菱鉛筆九州販売㈱をはじめとする国内の販売会社が販売を行っております」と記す
- [174]2024年3月15日付で C. Josef Lamy GmbH、Lamy Vermietungs GmbH 及び C. Josef Lamy GmbH の子会社3社の全持分を取得した
三菱鉛筆 有価証券報告書【業績等の概要】(第150期)
- [99]2024年12月期のその他の事業の外部顧客への売上高は2,329百万円、連結売上高は88,820百万円
- [176]2024年3月15日付でC. Josef Lamy GmbH等の全持分を取得して連結の範囲に含めた第150期は、売上高88,820百万円(対前年同期比18.7%増)、親会社株主に帰属する当期純利益11,272百万円(同10.9%増)となった
- [177]2024年12月期の売上高88,820百万円(対前年同期比18.7%増)、親会社株主に帰属する当期純利益11,272百万円(同10.9%増)
- [178]「中期経営計画2022-2024」の最終年にあたる当期は、海外売上高の構成比が約60%に到達した
三菱鉛筆 有価証券報告書【関係会社の状況】(第131期)
- [112]三菱鉛筆商務(香港)有限公司は資本金30,000千香港ドル・主要な事業の内容は「当社製品の卸売販売」、上海新華菱文具制造有限公司は「当社仕様製品の製造」
三菱鉛筆 有価証券報告書【業績等の概要】(第131期)
- [113]2005年12月期のアジアの売上高は4,720百万円(前年同期比138.5%)
- [114]2005年12月期の日本の売上高は46,820百万円(前年同期比93.8%)
- [129]第131期【業績等の概要】が売上減の背景に挙げるのは「安価な海外製品の流入等による価格低下の圧力」という社外の要因である
- [130]文具業界におきましては引き続き安価な海外製品の流入等による価格低下の圧力が強まる中、マーケットシェアの維持・拡大を目指す競争が続いている
- [132]このような状況のもと当社グループにおきましては付加価値の高い新製品を投入し、グループ一丸となって国内・海外市場での販売増強に努めた
- [133]世界最小0.18mmボールのゲルインクボールペン「シグノ ビット」、やわらかゲルグリップの「アルファゲル」シリーズを投入
- [134]2005年12月期の連結売上高は53,981百万円(前年同期比96.6%)
三菱鉛筆 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】(第131期)
- [122]連結売上高は第127期62,733百万円から第131期53,981百万円へ減少した
- [123]2001年12月期(第127期)の連結売上高62,733百万円、2005年12月期(第131期)は53,981百万円
- [124]62,733百万円と53,981百万円の差は8,752百万円、減少率は13.9%
- [125]2001年12月期の当期純利益313百万円、自己資本利益率1.0%
- [126]2001年12月期の株価収益率は79.5倍
- [127]2001年12月期の純資産額30,840百万円、自己資本比率49.7%
- [128]連結の総資産額は第127期62,005百万円、第128期57,239百万円、第129期60,286百万円、第130期63,203百万円、第131期69,329百万円
- [135]2005年12月期の経常利益は4,207百万円(前年同期比112.4%)
週刊東洋経済 2015/4/25「【第1特集 買っていい株 ダメな株】PART2 投資の基本を知る お宝銘柄はこう探せ!」
- [131]日本の筆記具メーカーは中国製品の台頭で苦戦を強いられた
週刊東洋経済 2015/3/28「【特集 絶好調企業の秘密】顧客をがっちりつかむ 三菱鉛筆 シリーズ年間販売本数1億本超 成熟の文具で稼ぐ 商品展開の“極意”」
- [136]ジェットストリームの発売開始は2006年で、まず単色ペンを市場投入した
- [137]書いたときの紙とペンの引っ掛かり具合(摩擦係数)が通常のボールペンに比べ最大50%小さくなるようインクの粘度やボール、ホルダーが設計されている
- [138]単色ペンを市場投入するとすぐに「軽い筆圧で書けるので疲れにくい」と評判になった
- [139]2008年発売の3色ボールペンやシャープペンシルを加えた多機能ペンなど、利便性に優れた複合タイプの投入によりその人気は不動のものとなった
- [140]国内の文房具市場は典型的な成熟市場でありながら、過去5年間、三菱鉛筆の国内売上高は伸び続けた
- [151]通常インクやボールの調整など芯の開発には時間を要するが、ジェットは滑らかな書き味という柱となる芯の仕様が最初から決まっているため、握る部分(軸)のデザイン変更などで商品を広げやすい
- [152]滑らかな書き味という柱となる芯の仕様が最初から決まっているため、握る部分(軸)のデザイン変更などで商品を広げやすい
- [153]2008年秋にカラフルな外見に加え軸を細くした女性向け「Fシリーズ」など4品目を発売、翌年にインクの色数を拡充した「カラーインク」、2010年にウイスキー樽を軸に使った「ピュアモルト」を発売
- [154]切田和久取締役は「毎年いくつかの新商品を、どんな形であれ出していく」と述べた
- [155]一昨年(2013年)発売の「プライム」シリーズは定価3000円と5000円で、同社にとっても販売経験のない高価格だった
- [156]「営業や契約の際、気後れせずに使える」とビジネスマンに受け入れられ、一時は製造が間に合わないほどヒットし単価上昇の立役者となった
- [157]ジェットストリームは年間販売本数が1億本を超え、国内ではシリーズ120種類以上と最大の商品群
- [159]前2014年12月期決算は売上高603億円・純利益71億円といずれも過去最高で、今期は3期連続の最高益更新が見込まれている(記事は2015年3月時点)
週刊東洋経済 2008/11/1「Column Hot&Cool 発売半年で100万本超えを記録 書くたびに芯が回るシャープペン」
- [141]2008年3月に発売された「クルトガ」がシャープペンシルとして異例のヒットとなり、発売半年で100万本超えを記録した
三菱鉛筆 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】(第136期)
- [142]クルトガ発売後も連結売上高は第132期57,607百万円、第133期56,470百万円、第134期53,949百万円、第135期48,278百万円と減少が続いた
- [143]連結売上高は第132期57,607百万円、第133期56,470百万円、第134期53,949百万円、第135期48,278百万円
三菱鉛筆 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】
- [144]2001年12月期の売上62,733百万円と2009年12月期の48,278百万円の差は14,455百万円
週刊東洋経済 2006/9/16「ニッポンの技術再発見 第121回 ジェットストリーム(三菱鉛筆)」
- [145]開発担当は横浜研究開発センターの市川秀寿氏(1990年入社、印章開発を経て2000年から油性ボールペン担当)
- [146]業界共通だった溶剤(ベンジルアルコール、2-フェノキシエタノール)を捨て、サインペン溶剤の延長線にある物質を新溶剤に採用した
- [147]通常は油性に使わない顔料と新開発染料を配合した
- [148]ボール径1mmで従来の約半分の力で書ける
- [149]インク転写率は従来の4割に対し約9割
- [150]2006年7月末発売、1本150円
三菱鉛筆 有価証券報告書(第140期)/週刊東洋経済 2015/3/28
- [158]2014年12月期の連結売上高60,349百万円、親会社株主に帰属する当期純利益7,157百万円。いずれも過去最高
三菱鉛筆 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】(第131期・第140期)
- [160]2001年12月期(第127期)の連結売上高62,733百万円は2014年12月期の60,349百万円を上回る。有報【業績等の概要】は2014年12月期を過去最高とは記していない
三菱鉛筆 有価証券報告書【役員の状況】
- [163]数原滋彦は2019年3月に代表取締役副社長、2020年3月に代表取締役社長に就任
三菱鉛筆 有価証券報告書(第146期)
- [164]2020年12月期の連結売上高55,180百万円、営業利益5,493百万円(前期は7,202百万円)
三菱鉛筆 有価証券報告書【連結損益計算書】(第141期・第145期)
- [166]連結営業利益は第141期(2015年12月期)11,852百万円、第145期(2019年12月期)7,202百万円で、減少率は39.2%
週刊東洋経済 2022/11/26「【産業リポート コクヨは王座を守れるか】ぺんてる争奪戦に白旗 コクヨは王座を守れるか」
- [167]海外で売り上げを伸ばすには特色のある技術かブランド力が必要だが、総合文具メーカーはそのどちらにも欠ける。その結果、海外売上比率に大きな差が生じた
- [168]海外売上比率はパイロットが69%、三菱鉛筆が47%、筆記具を主力にしていない文具メーカーはコクヨをはじめとして10%以下のところが多い
- [169]海外で売り上げを伸ばすには特色のある技術かブランド力が必要で、三菱鉛筆のジェットストリームは海外でも好評
- [170]2021年度の国内での文具・事務用品の市場規模は4118億円で、4年前と比べ11.2%減少(矢野経済研究所)
- [171]文具業界で伸びているのは筆記具だけという状況にあった
- [172]筆記具で国内首位はパイロットコーポレーション、同2位が三菱鉛筆
三菱鉛筆 有価証券報告書【関係会社の状況】(第150期)
- [175]C. Josef Lamy GmbH の資本金は3,100千ユーロ、所在地はドイツ・ハイデルベルク、議決権所有割合100.0%
三菱鉛筆 有価証券報告書【事業の内容】【沿革】
- [179]当社グループは当社及び子会社50社で構成される。2025年1月にUNI LINC INDIA PRIVATE LIMITEDを設立
三菱鉛筆 有価証券報告書【業績等の概要】(第151期)
- [180]2025年12月期(第151期)の売上高89,814百万円(+1.1%)、営業利益9,692百万円(△20.5%)、親会社株主に帰属する当期純利益6,235百万円(△44.7%)
- [181]欧州地域は「POSCA」を中心とした流通在庫の調整が長引いている