1975年の手芸用品店を、三菱鉛筆は開店の時点から試験店と呼んでいた。鉛筆の伸びが止まった会社が、需要そのものが無い市場へ小さく入ってみる——当時の判断として無謀ではなく、むしろ慎重な入り方だった。誤算は、その慎重な入り方を30年続けた点にあったのだろう。手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章と会社を一つずつ増やしながら、どれも鉛筆とボールペンを代われる規模には届かなかった。
撤退の仕方は事業ごとに違った。2002年にROYAL SOVEREIGNから撤退したのち、化粧品はインクの流出機構設計や超微粒子顔料分散技術を用いる筆記具周辺商品へ、印章はスライド式印鑑付ボールペンへと、いずれも筆記具へ移されている。粘着テープと手芸用品は別会社のまま小さく残り、2005年12月期で連結の5%あまり、2024年12月期では3%に満たない。売上を87億円減らしながら自己資本利益率を1.0%から6.1%へ回復させた4年は、この選り分けに費やされている。