デサントへの同意なきTOB——国内で異例の敵対的買収の断行

50年の二人三脚はなぜ泥仕合になったか——資本の論理で経営体制の刷新を迫った劇場型買収

更新:

時期 2019年1月
意思決定者 岡藤正広氏・伊藤忠商事 会長CEO
論点 筆頭株主による経営体制の刷新と資本の論理
概要
2019年1月31日、伊藤忠商事は筆頭株主として出資するスポーツウェア大手デサント(東証1部)へ、対象会社の同意なきTOB(株式公開買付け)を発表した。出資比率を約30.44%から最大40%へ引き上げ、あわせて経営体制の刷新が必要との考えを明らかにした。日本の大企業間では珍しい敵対的TOBであった。
背景
伊藤忠は1980年代からデサントの筆頭株主となり、経営難のたびに役員を派遣して支えてきた。ところが2011年ごろから、伊藤忠出身社長による仕入れ拡大の要請をめぐって両社の間に不信が生じ、2013年に創業家出身の石本雅敏氏が社長に就くと、対立は解けないまま5年にわたり蓄積された。
内容
銀行トップの仲裁を振り切り、伊藤忠は2019年1月末にTOBを断行した。買付価格は1株2,800円と直近株価に約5割のプレミアムを乗せ、投じる額は約200億円。過半には踏み込まず40%にとどめて上場を維持し、資本の論理で経営体制の刷新を迫った。
含意
デサントは2月に反対を表明し、労働組合も反対声明を出す「劇場型」の応酬となった。3月にTOBは成立し伊藤忠の出資は4割へ、6月の株主総会で経営陣は総入れ替えとなった。子会社に対する同意なき買収という手法が、日本の資本市場で現実に成立することを示した事案であった。
筆者の見解

資本の論理と、事業の論理

この一件が異例だったのは、敵対的TOBそのものよりも、対象が半世紀にわたり支え続けてきた自らの出資先であった点にある。筆頭株主として経営難を救い、役員を送り込んできた相手に対して、資本の論理で経営体制の刷新を迫る——支援の歴史と支配の意思が同じ相手のなかで交錯したところに、この判断の重さがあったとみることができる。取引の強要をめぐる不信という、極めて生々しい商売上の齟齬が出発点にあったことも、通常のM&Aとは温度の異なる対立を生んだ一因であったといえる。

資本の論理は最終的に貫かれ、経営陣は入れ替わり、5年後には完全子会社化に至った。ただ、握った経営権が事業の立て直しをそのまま約束するわけではないことも、その後のデサントの業績が示している。伊藤忠が2,800円で問うたのはデサントの潜在力であり、4,350円で引き取ったのはその潜在力を自らの体制で開花させる責任であった。資本で押さえ込んだ会社をどう伸ばすのか——劇場型と呼ばれた買収のほんとうの評価は、その後の事業の帰趨に委ねられているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

50年の二人三脚と、取引拡大をめぐる不信

デサントは1957年にスキーウェア「デサント」の展開を始め、1984年に伊藤忠商事・東洋紡と提携して「マンシングウェア」の日本・アジアの商標権を取得したことで業容を広げた。伊藤忠は1980年代から同社の筆頭株主となり、デサントが1984年と1998年の二度にわたり経営難に陥ったときも役員を派遣して支えてきた。半世紀にわたり事業をともに進めてきた両社の関係は、資本と取引の双方で深く結びついていた[1]

蜜月に亀裂が入ったのは2011年ごろからであった。デサントによれば、伊藤忠から仕入れる額を年間150億円へ引き上げるよう、伊藤忠出身の中西悦朗社長(当時)が号令をかけたという。前年度の実績は110億円程度で、翌年には目標達成のために取引を伊藤忠経由へ付け替える「通し」や「付け替え」が要請された。デサントはこれを仕入れ政策を歪めるものとみて、優越的地位の濫用に当たりかねないと受け止めていた[2]

石本社長の就任と、解けない対立

生え抜き役員による中西社長への退陣要求を経て、2013年2月に石本雅敏氏が社長に就いた。デサント創業者の孫にあたり、電通などを経て経営に加わった人物である。石本社長は就任後、「通し」「付け替え」をめぐる経緯を社内委員会で調査し、報告書は「限りなく黒に近い灰色」と結論づけた。だが報告書を受け取った伊藤忠は「法令違反はなく、客観性に欠ける」と一蹴し、両社のわだかまりは解けないまま蓄積されていった[3]

蓄積された不満が表面化したのは、2018年6月であった。決算報告のために面会した石本社長に対し、岡藤正広会長CEOはデサント株の売却の可能性にまで言及して経営体制の見直しを迫り、会談は物別れに終わった。この会談を境に伊藤忠は実力行使へ動き、7月からデサント株の買い増しを開始する。8月には今度はデサントがアパレル大手ワコールホールディングスとの包括的業務提携を発表し、ホワイトナイトを求めたのではないかとの見方が広がった[4]

決断

銀行の仲裁を振り切ったTOBの断行

2018年末には両社と親密な銀行のトップが関係修復のため岡藤会長に電話を入れたが、伊藤忠はそれを振り切り、2019年1月31日にデサント株のTOBを断行した。出資比率を約30.44%から最大40%へ引き上げるとし、あわせてデサント経営陣の刷新が必要との考えを明らかにした。買い増しが順調に進めば、株主総会で拒否権を発動できる3分の1超を確保する構図であった。過半には踏み込まず40%にとどめたのは、大資本の横暴と映るのを避ける狙いもあったとみられる[5]

伊藤忠が投じるのは、1株2,800円と直近株価に約5割のプレミアムを乗せた価格で、総額は約200億円にのぼった。デサントの2018年度純利益への伊藤忠の持ち分貢献は20億円程度にとどまり、割に合わないとの指摘もあった。これに対し鉢村剛CFOは「デサントは高い商品力を持っており、従業員のレベルも高い」とし、潜在力を発揮できる体制であるべきだと主張した。日本事業は石本社長就任からの5年で1%しか伸びておらず、利益の過半を韓国事業に依存する収益構造への問題意識が、両社に共通して横たわっていた[6]

「劇場型」の応酬

デサントは2019年2月7日、企業価値を害するおそれが大きいとしてTOBに真っ向から反対した。40%の取得は実質的な支配権の確保にあたり、伊藤忠の利益を優先した経営で企業価値が損なわれかねない、というのが理由である。反対表明のプレスリリースでは、伊藤忠の主張を「極めて誤導的」「恣意的かつ悪意に満ちた内容でさえある」とまで記した。双方が世間と株主に向けて自らの正当性を訴え合う、「劇場型」と呼ばれる展開であった[7]

反発は経営陣にとどまらなかった。2月8日、オール・デサント労働組合の執行部が反対声明をホームページに掲げ、雇用や労働条件への影響を理由にTOBを受け入れられないとした。石本社長は本誌インタビューで、取引の強要をめぐり「社員たちは傷ついていて、負った傷は深い」と語り、40%の取得を実質支配権の獲得に等しいと批判した。前年秋にはMBOによる非公開化の検討や、会談内容を録音したとされる報道も飛び交い、対立は泥仕合の様相を呈していた[8]

結果

TOB成立と経営陣の総入れ替え

期限の2019年3月14日、TOBは成立した。買付予定株数の約2倍にあたる約1,512万株の応募があり、伊藤忠は上限の721万株を1株2,800円で買い付けた。取得総額は約202億円、出資比率は約3割から4割へ高まった。労働組合まで巻き込んだ反対のなかでの成立であり、日本の大企業間では異例とされた同意なきTOBが、現実に成立したことを印象づけた。伊藤忠の影響力は決定的に増した[9]

資本を握った伊藤忠は、ただちに経営体制の刷新へ動いた。2019年6月20日の定時株主総会で、デサントは取締役を刷新し、10人のうち9人が退任した。伊藤忠繊維カンパニーのトップを務めた小関秀一氏が新社長に就き、石本雅敏社長は退いた。取引をめぐる対立に始まり、資本の論理で経営陣の交代にまで至った一連の攻防は、筆頭株主が実力行使で経営を掌握する形で決着した[10]

完全子会社化への帰結

もっとも、経営権を握ってからのデサントの再建は平坦ではなかった。伊藤忠出身の小関社長のもとで中国事業の拡大を掲げたものの、国内ではスポーツ衣料のゴールドウインに追われ、売上高で業界4位に転落する見通しとなった。2024年10月30日、伊藤忠は1株4,350円のTOBでデサントを完全子会社化すると発表し、2025年3月に上場廃止とした。日中韓の既存事業をてこ入れし、欧州事業の再拡大も探る狙いであった。2019年に4割を握った買収は、5年を経て完全子会社化へと行き着いた[11]

出典・参考