神戸製鋼所 新日鉄と相互出資 住友金属工業と結んだ株式の持ち合いと、23年後に迎えたその解消

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時期 2002年11月
当時の社長 水越浩士
論点 業界再編下の資本政策と自主独立
何をなぜ決めたか
概要

2002年、神戸製鋼所は新日本製鐵住友金属工業との相互出資に踏み切った。前年12月に新日鉄と包括提携を締結した際には資本関係を持たないとしていたが、鉄源の共同活用などの連携を確実にするため株式を持ち合う形へ移り、2006年3月には買収提案があった場合に三社で対応を検討する覚書を締結している。

背景

NKK川崎製鉄が2002年10月にJFEホールディングスを設立し、高炉五社体制は新日鉄を軸とする連合とJFEの二つに割れた。合併に加わらない神戸製鋼所は、規模でも買収防衛でも単独で残る不利を抱えていた。

内容

出資比率は数%にとどまり、2007年12月には新日鉄住友金属との間で相互に約150億円ずつを追加取得した。新日鉄の神戸製鋼所への出資比率は2.05%から3.4%へ、神戸製鋼所の新日鉄への出資比率は0.41%から0.8%へ上がっている。

含意

2012年に新日鉄住友金属が統合したのち、神戸製鋼所は2014年に保有株の半数を、2025年に残りを売却して相互出資を解消した。合併に加わらないまま提携の実務だけが残り、23年続いた資本の裏づけは資本効率を理由に外れている。

いつ何が起きたか 11件
筆者の見解
筆者の見解

傘は一度も開かなかった

株を持ち合ったのは、合併しないためであった。数%という比率は、相手の経営に手を入れるには小さすぎ、買収提案が来たときに相談する相手を確保するにはおそらく足りていた。時価総額1.3兆円の会社が独立を続けるための費用として、払える最小の額だったとみられる。

ただ、その傘が実際に開いた場面は一度もなかった。ミタル・スチールが神戸製鋼所へ手を伸ばすことはなく、三社覚書の共同検討が動くこともない。2007年12月に相互へ約150億円ずつを積み増して比率を引き上げたあとも、傘は使われないまま置かれていた。2014年に半数を、2025年に残りを手放した理由はどちらも財務体質と資本効率であって、提携の中身ではなかった。23年を経て残ったのは株式ではなく、鉄源の融通という実務のほうであった。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

業績の推移
同じ問いに直面した会社

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同意なき買収への対応2026年クスリのアオキホールディングス創業家が主導した買収防衛策の導入と、独立経営への回帰イオンの影響力排除と創業家による単独経営権の維持
2001年サイバーエージェント物言う株主の接近に晒された局面での経営権の維持と防衛株主との対峙と支配権
2004年武富士米投資銀行からの一族保有株買い取り提示を受け入れないという判断創業家の資本支配と経営権の帰属
2005年フジ・メディア・ホールディングスライブドア・パートナーズの買収と、逆立ちした資本関係の解消資本構造と経営支配権
2005年ライブドア時間外取引という抜け道を使った買い集めと、フジテレビジョンへの売却放送局の支配権取得と資金調達
資本提携と政策保有2002年中外製薬資本業務提携と引き換えに差し出した経営権の過半の譲渡独立と成長の両立
2002年三洋電機「箱舟経営」を掲げ、普及品市場を相手に譲り渡す選択中国市場戦略と選択と集中
2001年フジクラ電力ケーブル事業の古河電工との合弁への移管と、15年後の国内事業の振り分け成熟事業の共同運営と再自前化
2004年ヤクルト本社世界最大手の乳製品会社との連携と、16年後の資本関係の解消提携戦略と経営の独立性
2004年クレディセゾン系列の枠を越えて百貨店と組み、特定の資本系列に偏らない提携方針への転換系列を超えた提携とシェア拡大
参考文献
出典・参考
  • 神戸製鋼所「新日本製鐵(株)・住友金属工業(株)・(株)神戸製鋼所間の連携施策の推進状況と更なる深化を確実にするための三社覚書締結について」(2006年3月29日)
  • 神戸製鋼所「新日本製鐵(株)・住友金属工業(株)・(株)神戸製鋼所間の連携深化・拡大に伴う相互の株式追加取得について」(2007年12月19日)
  • 神戸製鋼所「新日鐵住金(株)への出資の見直しについて」(2014年12月3日)
  • 神戸製鋼所「日本製鉄株式会社株式の売却について」(2025年2月6日)
  • 日本製鉄「株式会社神戸製鋼所株式の売却について」(2025年2月6日)
  • 神戸製鋼所 有価証券報告書(連結・米国基準)

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