髙島屋とのカード事業提携と「系列を超えた等距離政策」
旧西武のライバル百貨店となぜ手を組んだか——林野宏社長の脱系列戦略
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- 概要
- 2004年、流通系カード首位のクレディセゾンと百貨店最大手の髙島屋がカード事業で資本・業務提携した経営判断。クレディセゾンは髙島屋の全額出資カード子会社・髙島屋クレジットの株式10%を取得し、髙島屋はクレディセゾン株の一部を保有した。旧西武百貨店のライバルと組む「脱セゾン」の一手であった。
- 背景
- 髙島屋は年会費有料化に伴う会員の脱落と、東京・大阪の旗艦店をめぐる競合激化に直面し、若年層の囲い込みを迫られていた。クレディセゾンは取扱高シェア業界3位で、2006年3月に1800万枚体制を掲げ、規模拡大の相手を探していた。
- 内容
- 2004年9月に、髙島屋の利用で2.5%、他店利用でも1%を還元する年会費無料のクレジットカードを発行し、当初5年で100万枚を目指した。髙島屋のメーンバンクは旧三和(現UFJ)系、クレディセゾンは旧第一勧業(現みずほ)系で、トップ企業同士が旧来の系列を超えて手を組んだ。
- 含意
- 林野宏社長が掲げた「系列にこだわらない等距離政策」を象徴する提携で、同年8月のみずほグループとの提携と合わせ、系列色を消してフリーハンドで再編に臨む布石となった。ローソン・出光・りそな・髙島屋を束ねたグループのシェアは17.9%に達した。
系列を捨てることで得た自由
この判断の核心は、出自であるセゾングループの記憶をむしろ制約とみなし、それを断ち切ることで交渉の自由を手に入れた点にあるとみることができる。緑屋として西武の傘下に入り、セゾングループのクレジット中核として育った会社が、旧西武のライバルである髙島屋と組む選択は、来歴からすれば逆説的である。だが林野社長にとって、系列は守るべき資産ではなく、規模の競争を勝ち抜くうえで捨てるべき制約であった。丸井、ローソン、りそな、そして髙島屋と、かつての対立相手を次々に提携先へ変えていく身のこなしに、系列を捨てることで動きの自由を得るという発想がうかがえる。
もっとも、系列を超えた提携の束が、そのまま盤石の勝ち組を約束したわけではなかった。シェアを足し合わせて描いた17.9%という数字は、あくまで提携先を寄せ集めた合計であり、緩やかな連合が一枚岩の競争力に転じるかどうかは、その後の統合運営に委ねられていた。実際、クレディセゾンは2006年にUCカードを吸収合併し、連合を資本の内側へ取り込む方向へ進んでいく。等距離政策で広げた提携の輪を、どこまで自社の収益基盤へ束ね直せるかが、系列を捨てた同社に残された問いであったとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
会員流出に直面した髙島屋
髙島屋の鈴木弘治社長は、2003年3月の就任以降、家賃引き下げ交渉や不採算店舗の分社化、情報処理の外部委託など、収益改善を狙ったコスト削減策を矢継ぎ早に打ってきた。ハウスカードについても2003年9月、ポイント還元率を8%に引き上げる代わりに、無料だった年会費を2100円へ有料化した。だが2004年2月時点で318万人いたカード会員のうち、有料カードへの移行率は50%程度にとどまると見込まれ、初年度無料の期限が切れる2004年9月以降、会員の脱落が懸念された[1]。
会員流出への懸念は、旗艦店をめぐる競合激化と重なっていた。髙島屋は全店売上高の35%を占める東京店と大阪店が、相次いで激しい競争に入ろうとしていた。東の日本橋では三越日本橋本店の建て替え開業が控え、西では若年層に強い丸井の大阪店出店が予定されていた。年会費有料化で脱落しかねない若年層や来店頻度の低い客層をつなぎ止める手立てとして、年会費無料で国際カードを付帯できるパートナーが必要になっていた[2]。
シェア拡大を急ぐクレディセゾン
クレディセゾンにとっても、髙島屋との提携は事業拡大への追い風であった。同社のカード総発行枚数は2004年3月時点で1600万枚、クレジットカード業界での取扱高シェアは7.3%(2002年度、同社推計)で業界3位につけていた。2006年3月に1800万枚体制の達成を目標に掲げるなかで、百貨店最大手を新たな発行チャネルに加える意味は大きかった。新カードの会員獲得目標は5年間で100万枚とされたが、取り組み次第では初年度で到達する可能性も見込まれた[3]。
規模の拡大には、もう一つの動機が重なっていた。クレディセゾンは発行済み株式の42%を外資が保有し、実質的には外資系に近い資本構成にあった。林野宏社長は「ニュートラル(中立)な立場でなければ規模の競争に勝てない」との認識から、以前より系列にこだわらない提携を実践しており、コンビニではセゾン系列だったファミリーマートではなくローソンと、メーンバンクではないりそな銀行とも組んでいた。髙島屋との提携は、こうした中立的な性格をさらに印象づける機会でもあった[4]。
決断
系列を超えた資本・業務提携
2004年、百貨店最大手の髙島屋と流通系カード首位のクレディセゾンは、カード事業の資本・業務提携で合意した。同年9月に、髙島屋の利用で買い物額の2.5%を、同店以外の利用でも1%分を還元する年会費無料のクレジットカードを発行する計画で、両社は株式も持ち合った。クレディセゾンは髙島屋の全額出資カード子会社・髙島屋クレジット(西濱剛久社長)の株式を10%取得し、髙島屋はクレディセゾン株の一部を保有した。髙島屋のメーンバンクは旧三和系、クレディセゾンは旧第一勧業系で、トップ企業同士が旧来の系列を超えて手を組んだ[5]。
この提携が異例視されたのは、髙島屋がかつてのセゾングループの求心力であった西武百貨店のライバルだったためである。クレディセゾンは2001年、前身の緑屋のライバルだった丸井との提携カードを発行して以来「系列にこだわらない等距離政策」を志向してきたが、今回は前身ではなくセゾングループそのもののライバルと組んだ。林野社長は「今回、トップが前例にこだわらない提携を打ち出したことが、まだ変われずにいる社員に大きなインパクトを与えられた」と、脱セゾンの意義を語った[6]。
両社トップの読み
髙島屋の鈴木弘治社長は、最初からクレディセゾンを相手に決めていたわけではなかった。年会費無料の国際カードを発行でき、ノウハウの蓄積が豊富な企業を20社挙げ、2003年9月から検討を始め、条件で絞り込んだ末に残ったのがクレディセゾンであった。鈴木社長は「私自身、系列を超えた提携には全く抵抗がない。社内に反対の声もほとんどなかった」と述べ、新カード戦略を経営改革2年目の増収へのカギに据えた。髙島屋の社員はまだ他業種に比べて視野が狭く、教条的な経験主義に陥っている面も否定できない、との自己認識も語った[7]。
林野社長の側は、交渉開始を2004年2月とし、早期合意を優先して細かな条件は後回しにした。詳細は9月の新カード発行までに詰めればよいという構えで、まずは提携そのものを成立させることを重んじた。林野社長は「私は初めて鈴木社長に会った時、『この提携は成功する』と直感した」と語り、条件詰めよりも相手との相性とスピードを重視した。系列や資本関係より、ビジネスを先に走らせる判断であった[8]。
結果
脱系列連合の一角として
髙島屋との提携は、林野社長が描く「20世紀型の業界勢力図の書き換え」の一環に位置していた。2004年8月、クレディセゾンはUCカードを含むみずほフィナンシャルグループと戦略的業務提携で基本合意し、流通系カードと銀行系カードによる初の本格的な提携に踏み込んだ。林野社長は、クレディセゾンとUCカードに、提携先のローソン・出光・りそな・髙島屋を足し合わせると、取扱高シェアは17.9%(2002年度)に達すると説明した。髙島屋は、その連合を構成する象徴的な一角となった[9]。
資本ではなくビジネスで力を出し合うという構えは、みずほとの提携で一段と鮮明になった。林野社長は、銀行の子会社にはならず、カード事業ではむしろ主導権を握ると述べ、「資本ではなく、ビジネス面で力を出し合う戦略こそ、21世紀型の経営判断だ」と語った。系列色を消したクレディセゾンは、以後フリーハンドで他の流通企業とカード発行の提携交渉を進める足場を得た。髙島屋との提携は、その等距離政策が百貨店最大手にまで及んだことを示すものであった[10]。
- 日経ビジネス 2004年4月19日号「高島屋とクレディセゾンがカード事業提携 系列超える『切り札』の凄み」
- 日経ビジネス 2004年4月19日号「高島屋社長 鈴木弘治『新カードは反攻への第一歩』/クレディセゾン社長 林野宏『中立でなければ勝てない』」
- 週刊東洋経済 2004年8月21日号「セゾンと事業一体化 眠れるみずほ、カードで攻勢」
- クレディセゾン 有価証券報告書(2004年3月期・連結)