杉澤英男

神戸製鋼所・元取締役社長

Sugisawa Hideo(敬称略)

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社長就任 1976年9月
生年月日 —
学歴 京都帝国大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1938年3月に京都帝国大学の工学部を出て、同年4月に神戸製鋼所へ入った。1961年時点では神戸工場長を務め、1964年12月に鉄鋼事業部副事業部長、1965年5月に取締役へ就任している。灘浜の高炉が動き、加古川の建設が始まる時期の鉄鋼部門を、現場で預かった技術者である。1969年11月に常務取締役、1970年11月に専務取締役、1973年5月に取締役副社長と進み、取締役から11年で社長へ届いた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1976年9月、鈴木博章氏の後任として副社長から社長へ就任した。会長は前々任の井上義海氏が務めたままで、社長だけが2年足らずで代わっている。神戸製鋼所の単体当期純利益は1976年3月期に32億円まで減少しており、就任年度の1977年3月期には113億円へ戻した。加古川製鉄所の設備をどう回すかが問われる時期に、鉄鋼事業部を歩いた技術者が選ばれた。

在任中の主な施策
施策

社長の座にいたのは1976年9月から1977年10月までの13か月である。単体売上高は就任年度の1977年3月期に8,967億円、当期純利益は113億円と、前年度の32億円から戻している。この13か月に新設した工場も海外拠点もなく、1970年3月に稼働させた加古川製鉄所の設備を回す期間に終わった。1977年10月に取締役会長へ移り、社長を高橋孝吉氏へ渡した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1938〜1977年
在任中の業績
就任前(FY75)7,362億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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