神戸製鋼所米ミドレックス社の買収と、天然ガス直接還元製鉄技術の取得

自社の高炉では使わない製鉄技術を、国内に需要がないまま抱え続けるか

時期 1983年7月
意思決定者(推定) 神戸製鋼所 取締役会
論点 高炉によらない製鉄技術の保有
概要
1983年7月、神戸製鋼所は経営不振に陥っていた米ミドレックス社を傘下に収め、天然ガスで鉄鉱石を還元する直接還元製鉄技術を取得した。自社の高炉一貫とは別系統の製法で、当時の用途は電炉向けの鉄源に限られていた。
背景
1978年にカタール・スチールの製鉄所を建設した際、神戸製鋼所のエンジニアリング部門がミドレックス社の還元製鉄法を採用し、その優秀さに着目していた。第一次石油ショック後、鉄鋼各社はエンジニアリングなど新規事業の拡大に動いており、1980年度には同社のエンジニアリング事業が全社売上の10%を超えていた。
内容
買収後は一般炭を還元剤とするファストメット/ファストメルト法、粉鉱石を使うSPIREX法、さらに新製鉄法ITmk3へと技術を広げた。ITmk3は2010年に米ミネソタ州で商業第一号が生産を始めたものの、立ち上げは難航している。
含意
ミドレックス法は還元鉄の製鉄法別シェアで常時6割を占め、2019年以降は水素還元の中核技術として扱われるようになった。会社が自社では使わない技術を40年抱え続けた結果が、脱炭素が課題になってから表に出た形となっている。
筆者の見解

使わない技術を持ち続けるということ

1983年に買った製法を、神戸製鋼所は自社の製鉄所で一度も使っていない。天然ガスで鉄鉱石を還元するミドレックス法が作るのは電炉向けの鉄源で、高炉法が主流の国内には需要がなく、立地も天然ガスの産地に限られていた。それでも買えたのは、カタール・スチールの製鉄所を自ら建てた機械・エンジニアリング部門が、この製法を使う側ではなく売る側の目で見ていたからだとみられる。高炉の規模で新日本製鉄や日本鋼管に並べない会社が選んだ、別の土俵であった。

ただ、40年の途中経過は平坦ではない。ITmk3は2010年に商業第一号が動きながら、翌2011年も石炭コンベヤの不具合で断続操業が続き、年産50万トンの定格に届いていない。1基あたりの規模も高炉に及ばず、佐藤廣士社長自身が市場として成り立つかを課題に挙げていた。脱炭素が来て初めてミドレックス法は本命視されたのであって、1983年の買収が先を読んでいたと言い切るのは後知恵になる。使い道の見えない技術を40年手放さずにいたこと自体が、この判断の成果だったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

機械・エンジニアリングという第二の柱

神戸製鋼所の機械事業部は、鉄鋼と並ぶもう一つの本流であった。1964年の時点でプラント輸出の実績は国内第1位で、1974年9月期の売上構成では機械が815億円・20.7%を占めている。同年には、カタール政府との合弁で条鋼工場の建設を受注したうえ、社長を送って経営まで受託した。井上浩三郎専務取締役は、鉄鋼・軽合金伸銅・溶接棒の技術ノウハウと機械事業部のエンジニアリング能力を併せ持つことを複合経営の特色と説明している[1][2]

第一次石油ショック後の不況を乗り切るなかで、鉄鋼各社はエンジニアリングなど新規事業の拡大に取り組んだ。日本鋼管や神戸製鋼所ではエンジニアリング事業の売上が1980年度に全社の10%を超え、鉄鋼五社の同部門の売上高は1981年度に8,700億円へ達している。1980年代の後半にかけては新素材や海外拠点への進出も相次いだ。日本産業史は、この一連の動きのなかに神戸製鋼所によるミドレックス社の買収を置いている[3][4]

自社では使わない製鉄技術

ミドレックス法との出会いは、プラント建設の現場にあった。1978年、神戸製鋼所のエンジニアリング部門がカタール・スチールの製鉄所を建設した際に、ミドレックス社の還元製鉄法を採用している。その製鉄法が優れていることに着目したことが、5年後の買収につながった。カタールの案件そのものが天然ガスの豊富さを前提にしたもので、ガスで鉄を還元する製法とは相性がよかった[5]

この製法は高炉と原理が違う。鉄鋼業の主流である高炉法が石炭の炭素分で鉄鉱石から酸素を取り除くのに対し、ミドレックス法は天然ガスに含まれる炭素と水素で還元する。作られる還元鉄は電炉の鉄源であり、高炉が主流の日本国内では使い道がほとんどない。立地も天然ガスを豊富に産出する地域に限られていた。神戸製鋼所にとっては、自社の製鉄所では使わない製鉄技術であった[6][7]

決断

1983年、経営不振の会社を買う

1983年7月、神戸製鋼所は経営不振に陥っていた米ミドレックス社を傘下に収めた。買収した年度にあたる1984年3月期は、単独で売上高1兆2,514億円に対し59億円の当期純損失を計上している。鉄鋼需要が落ち込み、各社が設備の休廃止と合理化に追われていた時期であり、余裕のなかで買った買収ではなかった。国内では需要のない製鉄技術に、この時期に手を伸ばしている[8][9]

買ったのは、素材メーカーとして使う設備ではなく、売るための技術であった。ミドレックス社は還元製鉄法のライセンス供与とプラント販売、還元鉄生産事業への参画・運営を仕事とする会社で、神戸製鋼所の傘下でもその形は変わっていない。高炉で新日本製鉄や日本鋼管と規模を競える見込みが薄いなか、製鉄設備を建てて売る側に回るための資産として、神戸製鋼所はこの会社を抱えた[10]

買った技術を作り替える

買収後の20年は、原料の制約を外す作業に費やされた。良質な塊鉱石やペレットは鉱山会社の設備投資の都合で需給が逼迫しており、そのままでは需要の伸びに応えられない。そこで世界中で産出する粉鉱石を原料とする方法として、天然ガスを還元剤とするSPIREX法と、石炭を還元剤とするFASTMET法が開発された。1997年の時点で、ベネズエラに年産3万トンの実証設備、米ルイジアナ州に三井物産との折半出資会社による年産45万トンの商業プラント2基が計画されている[11]

次の製法は、実験の失敗から生まれている。FASTMET法の研究中に還元温度を1,500度まで上げたところ、鉱石中の脈石成分が溶解分離し、鉄分を溶けた状態で取り出せた。品質は高炉銑鉄と同程度であった。鉄が溶けるのは1,500度以上という冶金の常識に対し、誤って鉄鉱石に石炭をまぶして熱したら1,300度で溶けたのが発端で、これが新製鉄法ITmk3となる。真部晶平本部長はこれを「神戸製鋼のDNAが生んだ技術」と呼んだ[12][13]

結果

稼いだ本線と、躓いた新製法

本線であるミドレックス法は、地味に稼ぐ事業になった。2004年12月からの3カ月で5基692万トン・総額600億円を受注し、神戸製鋼所の重荷であった機械事業の営業利益を14億円から103億円へ引き上げている。プラントは中東・北米・中南米・ロシアなど世界17カ国に累計50基が売れ、還元鉄の製鉄法別シェアでは常時60%を維持していた。真部晶平本部長は2004年度を、宣言したとおり利益の源泉とすることができた年だと振り返っている[14]

一方、ITmk3の事業化は難航した。米ミネソタ州で米スチール・ダイナミックスとの合弁により建てた商業第一号のメサビナゲット工場は、2010年1月12日にアイアンナゲットの生産を開始したものの、2011年4月の時点でも石炭コンベヤ系統の不具合を主因に断続的な操業が続き、生産性80%・稼働率85%と、年産50万トンの定格能力には届いていなかった。1基あたり年50万トンという規模の上限もあり、佐藤廣士社長は、高炉の代替になるにはかなりの量が流通しないと市場が成り立たないと課題を認めていた[15][16]

脱炭素が呼び戻した1983年の買収

位置づけが変わったのは2019年である。同年9月17日、ミドレックス社はアルセロール・ミッタル社と水素を活用した低炭素製鉄の共同開発契約を結び、ドイツ・ハンブルク工場に建設する水素還元実証プラントの設計も担当した。天然ガスを還元剤とする既設プラントの炉頂ガスから水素を回収して還元に使う内容で、年間約10万トンの還元鉄生産を目指す。水素で還元すればCO2は生成されず、副産物は水だけになる[17]

受注はその後に続いた。2022年10月、ミドレックス社はスウェーデンのH2グリーンスチールから世界初の商業用100%水素還元製鉄プラントを受注し、同社は従来工程比でCO2を95%削減したグリーン鋼材を年約250万トン規模で生産する計画を掲げた。2023年3月14日には、独thyssenkrupp社のデュイスブルク製鉄所向けにMIDREX Flexが世界で初めて採用されている。年産250万トンでドイツ最大の直接還元鉄プラントとなり、2027年以降は最大で水素100%への移行を計画する内容であった[18][19]

出典・参考

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