神戸製鋼所電力卸供給事業への参入と、神戸製鉄所構内での石炭火力発電所の建設

鉄鋼市況の振れをどこで吸収するか——合併に加わらない会社が選んだ第三の収益源

時期 1996年3月
意思決定者(推定) 水越浩士・1996年の応札決定は取締役会 神戸製鋼所 社長
論点 収益源の分散と自主独立路線
概要
1996年3月、神戸製鋼所は関西電力の電力卸供給入札への応募を決め、神戸製鉄所の構内に石炭火力発電所を建てた。2002年4月に1号機、2004年4月に2号機が営業運転に入り、総発電規模は約140万キロワットとなった。電力は鉄鋼と並ぶ「コア事業」に据えられ、2022年の3号機・2023年の4号機で総出力270万キロワットまで広がった。
背景
阪神・淡路大震災の被害と1998年度の赤字転落を経て、高炉五社の再編圧力にさらされていた。水越浩士社長は合併を退けて自主独立を選んだが、その選択は鉄鋼市況の振れをそのまま業績で受け止めることを意味していた。
内容
総額約2,000億円のうち1,650億円をプロジェクト・ファイナンスで調達し、全額出資の神鋼神戸発電所を設立した。半導体事業の売却と並行して、鉄鋼本体の設備投資を上回る資本を電力へ振り向けている。
含意
高炉大手のなかで、発電を本業の柱に据えたのは神戸製鋼所だけであった。安定収益を得た一方、総出力270万キロワットを4基に集約したため、1基の停止が業績見通しを動かす構造も生まれた。
筆者の見解

振れ幅を消したのではなく、入れ替えた

前期に200億円の営業利益を稼いだ半導体事業を手放したのと同じ年に、神戸製鋼所は2,000億円を石炭火力へ投じている。撤退と巨額投資が同時に走ったところに、この判断の性格が表れている。合併に加わらないと決めた以上、鉄鋼市況の振れを吸収する収益源は自前で作るほかなかった。電源を入札で調達する制度の窓、1959年以来の自家発電の運転経験、石炭バースを備えた市街地の用地——この三つが揃ったのは、複合経営を続けてきた会社だったからだとみられる。

ただ、安定した収益を作ったことは、別種の不安定さを呼び込んでもいる。総出力270万キロワットを4基に集約した結果、1基の停止が全社の業績見通しを動かすようになった。2026年3月期には、3号機の定期点検期間の延長が電力の減益要因として説明されている。鉄鋼の市況変動を嫌って選んだ事業が、こんどは設備1基の稼働に業績を預ける構造を生んだ。振れ幅そのものを消したのではなく、振れの種類を入れ替えたとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

合併に加わらないという選択

1995年1月の阪神・淡路大震災で神戸製鋼所は1,020億円の被害を受け、1997年度に五年ぶりの復配を果たしたのも束の間、1998年度には233億円の赤字を出して無配に転落した。高炉大手五社のうち経常黒字を確保できたのは新日本製鉄と川崎製鉄だけで、株価は60円前後に沈み、NKK・住友金属工業とともに「高炉負け組三羽烏」と呼ばれた。再編を促す声が業界の外から強まるなか、1999年4月に就任した水越浩士社長は「合併なんて一種のファッション。意味のない統合など全くやる気がない」と述べている[1][2]

独立を保つことは、鉄鋼市況の振れをそのまま業績で受け止めることでもあった。水越浩士社長は「コア事業は集中して強化する。周辺の不採算事業、シナジー効果のない事業は売却する」との方針を掲げ、1997年以降に提携・売却など24件を実行している。1990年に始めた半導体製造事業も2001年5月に米マイクロン・テクノロジーへ売却した。前期に200億円の営業利益を稼いだ事業を手放した穴は、そのまま2001年度の連結決算に響いている[3]

製鉄所が抱えていた発電の蓄積

発電は、この会社にとって新しい仕事ではなかった。神戸製鋼所は1959年の高炉稼働以来、製鉄所で自家発電の技術とノウハウを積んでいる。加古川製鉄所では1970年から自家発電設備を運転しており、その規模は2004年時点で57万キロワットに達していた。電力を大量に使う鉄鋼業では製鉄所内に電力会社と共同で発電設備を設ける例が多いなかで、すべてを自主運営してきた点が他社と違っていた[4][5]

立地の条件も揃っていた。水越浩士社長は後年、製鉄所が石炭発電所を持ち発電について十分な知見があったこと、石炭を荷揚げするバースがすでにあり建設費を圧縮できたことを挙げている。神戸市内という都市型の立地は通常の卸電力事業では考えにくいが、市街地に隣接する神戸製鉄所を持つ会社であればこそ成り立った。用地・港湾・運転要員という三つの資産が、そのまま転用できる位置にあった[6]

決断

1996年の応札決定

1996年3月19日、神戸製鋼所は関西電力の電力卸供給入札への応募を決めたと発表した。神戸製鉄所の構内に石炭火力70万キロワット1基を建て、2002年4月の運転開始を予定する内容で、将来は70万キロワット2基・計140万キロワットまで広げる構想を併せて示している。震災からの復興と製鉄所の競争力強化、雇用の確保が目的に挙げられ、同年4月1日には鉄鋼事業本部内に「IPP企画推進本部」が置かれた[7]

投資の規模は、鉄鋼本体の設備投資を上回った。当初2,500億円と見込んだ計画を2,000億円へ絞り込んだうえで、2001年度の設備投資約1,000億円のうち740億円をこの発電所が占めている。鉄鋼側は線材工場のリフレッシュ工事が完成し、やるべきことはやったと説明していた。周辺事業からの撤退を積み重ねる一方で、残った資本は電力へ集中して振り向けられていった[8]

撤退と巨額投資を同時に走らせる

2001年7月、神戸製鋼所は総額約2,000億円のうち1,650億円をプロジェクト・ファイナンスで調達すると決めた。第一勧業・三和・日本興業・三井住友・日本政策投資の5行が中核となり、調達先は15社に上る計画で、同年9月には全額出資の「神鋼神戸発電所」(資本金30億円)を設立している。返済原資を発電事業の収益に限り、親会社への遡及を出資分にとどめる仕組みで、鉄鋼部門は企業格付けを考えたときにリスクを外部へ出す形になると説明した[9][10]

2001年9月、鉄鋼大手五社は揃って業績見通しを下方修正し、神戸製鋼所の連結経常損益もゼロ近辺に後退する見込みとなった。それでも邊田治副社長は「子会社を作って進めるが、計画自体に何の変更もない」と述べ、計画を動かしていない。会社は1号機が動く2002年度に売上300億円、2号機がそろう2004年度に600億円、売上高経常利益率は15年平均で20%以上を見込んでいた。先行する中山製鋼所の想定が10%であったことに照らせば、強気の数字であった[11][12]

結果

140万キロワットの完成と、そこで止めた線引き

2002年4月に1号機、2004年4月1日に2号機が営業運転へ入り、総発電規模は約140万キロワットとなった。原子力発電1基分を上回り、電力会社に卸す事業としては国内最大の規模で、150万人都市である神戸市の電力需要の7〜8割に相当する。電力は15年間関西電力へ供給する長期契約が結ばれ、毎年180億〜200億円の営業利益をもたらす見込みが立った。運営に当たったのは50人ほどの自社スタッフであった[13]

犬伏泰夫社長は発電事業を鉄鋼部門と並ぶコア事業に位置づけた一方で、その先へは進まなかった。電力小売りへの参入については、市場の動きを見ながら検討はするが現時点では否定的だと述べている。自由化の範囲が段階的に広がるなかで、需要家を取りにいくのではなく、電力会社への卸供給と、自家発電で培った運転ノウハウの提供に事業の輪郭をとどめた[14]

高炉を止め、発電所を増やす

2013年、神戸製鋼所は神戸製鉄所の高炉を休止して鉄鋼生産を加古川製鉄所へ集約する方針を決めた。同じ時期に、発電所のほうは増やしている。川崎博也社長は過去30年間で11回の最終赤字を出してきたことを挙げ、鉄鋼事業は振れ幅が大きいが発電事業は安定していて収益の見通しが立ちやすいと語り、「素材、機械、電力」を3本柱に据えた。2014年時点で発電事業は年間約200億円の営業利益を出す稼ぎ頭になっていた[15][16]

2022年2月に3号機、2023年2月に4号機が営業運転へ入り、神戸発電所の総出力は270万キロワットになった。電力セグメントの2024年3月期の売上高は3,159億円、セグメント利益は857億円で、2025年3月期に過去最高となった純利益1,201億円を支える一角となっている。一方で2026年3月期の業績見通しでは、3号機の定期点検期間が延長されたことが電力の減益要因として挙げられた[17][18][19]

出典・参考
  • 神戸製鋼所「電力卸供給事業について」(1996年3月19日)
  • 神戸製鋼所「神戸発電所の概要」(公式サイト)
  • 神戸製鋼所「神戸発電所」(公式サイト)
  • 週刊東洋経済 1999年11月6日号「トップの履歴書 神戸製鋼所社長 水越浩士 ひたすら『選択と集中』に活路」
  • 週刊東洋経済 2000年3月11日号「企業レポート 自力更生路線を阻む『負け組株価』の重圧 神戸製鋼所」
  • 週刊東洋経済 2001年9月22日号「企業レポート 経営分析 神戸製鋼所 自主独立へ壮大な賭け 巨額投資でIPP強化」
  • 週刊東洋経済 2004年1月31日号「KeyPerson 水越浩士/神戸製鋼所社長 事業の撤退は終了、05年度メドに健康体に復帰」
  • 週刊東洋経済 2014年5月9日号「神戸製鋼所 高炉休止で視界開けるか 独立独歩の生き残り策」
  • 週刊東洋経済 2015年6月5日号「この人に聞く 神戸製鋼所社長 川崎博也 『山あり谷あり』から脱却 複合経営の3本柱を強化」
  • 日経ビジネス 2004年4月12日号「神鋼がにらむ発電の妙味 原発1基以上の電力供給も 小売りよりノウハウ」
  • 神戸製鋼所 2024年度 決算説明資料(2025年5月12日)
  • 神戸製鋼所 2025年度第3四半期 決算説明資料(2026年2月6日)
  • 神戸製鋼所 有価証券報告書(連結・米国基準)

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