品質データ改ざんの公表と経営刷新——名門・神戸製鋼の信頼失墜と再建
「メイキング」と呼ばれた全社的な検査データ偽装を、どう決着させ品質保証体制をどう作り替えるか
更新:
- 概要
- 2017年10月、神戸製鋼所はアルミ・銅製品などの検査データを顧客仕様に合わせて書き換えていた品質不正を公表した。不正品の出荷先は最終的に600社を超え、JIS認証の一部取り消しや米司法省の調査、株価急落を招いた。2018年4月に川崎博也会長兼社長が引責辞任し、山口貢社長のもとで品質保証体制の再構築が進められた。
- 背景
- 鉄鋼・アルミ・銅・機械・電力を抱える独立系複合メーカーとして、事業部門ごとの収益が最優先され、品質保証が事業部内に置かれる構造が長く続いていた。総会屋への利益供与や煤煙データ改ざんなど過去の不祥事も繰り返され、体質は問われ続けていた。
- 内容
- 真岡・大安・長府などの拠点で、社内で「メイキング」と呼ばれた検査データの書き換えが常態化していた。川崎会長兼社長は「各事業部門の収益がどうかだけを見ていた」と原因を認め、品質のコスト・納期への優先やデータ記録の自動化を柱とする再発防止策を掲げた。
- 含意
- 神鋼はESG投資の優良銘柄・情報開示の表彰企業として評価されていただけに、失墜の落差は大きかった。効率と収益を優先した企業風土がどこまで作り替えられるかが、名門素材メーカーの再建の焦点として残された。
収益優先の風土と、名門の看板
この不正の根にあるのは、複合メーカーとして分立した事業部門が、それぞれの収益だけを物差しにして回ってきた運営の姿である。品質保証や品質監査が収益を追う事業部の内側に置かれ、納期と利益のプレッシャーが検査の現場に及ぶ配置は、外部から指摘されて初めて構造の問題として言語化された。川崎会長兼社長自身が「収益がどうかだけを見ていた」と認めたことは、率直であると同時に、優良企業と評されていた足元でそれが放置されていた落差の大きさを示しているとみることができる。
引責辞任も、罰金も、必要な決着ではあっても、それだけで企業風土が入れ替わるわけではない。過去にも不祥事のたびにトップが謝罪し、再発防止が誓われながら、収益を最優先する体質は残ってきた。品質保証を事業部から切り離せるか、現場が異論を口にできるようになるか——名門の看板を守れるかどうかは、公表という一つの決断の後に続く、地味で長い作り替えの巧拙にかかっているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
事業部依存の複合メーカーという構造
神戸製鋼所は鉄鋼を本流としながら、アルミ・銅、機械、溶接、電力までを抱える独立系の複合素材メーカーである。1917年に伸銅品、1937年にアルミ分野へ参入し、真岡のアルミ圧延を含めて事業を広げてきた歴史のなかで、各部門は強い独立性を保っていた。その反面、品質保証や品質監査が収益目標を持つ事業部の内側に置かれ、納期や利益のプレッシャーが検査部門に及びやすい配置が長く続いていた[1]。
品質管理をめぐる神鋼の弱さは、リスク管理の観点からも指摘されていた。品質保証部を事業部内に置き、品質監査も事業部門が担う配置では、収益を追う部署が自らを検査・監査する自己監査に陥りやすい。企業不正を研究する安岡孝司教授(芝浦工業大学大学院)は、収益部門から独立した検査、執行部門から独立した監査という「三つのディフェンスライン」が機能していなかった点に、神鋼の構造的な弱点があったとみていた[2]。
「優良企業」評価と繰り返された不祥事
皮肉なことに、不正が続いていた同じ時期の神鋼は、対外的には優良企業として遇されていた。日本証券アナリスト協会の情報開示表彰では鉄鋼・非鉄部門で「公平な情報開示」1位を獲得し、経済産業省と東京証券取引所の「健康経営銘柄」には3年連続で選ばれていた。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が採用したESG指数の構成銘柄でもあり、企業統治の充実度は運用開始時に7段階で上から2番目の「AA」に評価されていた[3]。
しかし神鋼は過去にも不祥事を重ねていた。1999年の総会屋への利益供与、2006年の工場煤煙データ改ざん、2009年の政治資金規正法違反ではトップの辞任にまで発展している。2016年にもグループ会社でばね用ステンレス鋼線の試験値を改ざんし、JIS認証を取り消されていた。問題が起こるたびに謝罪が繰り返されながら、事業部門の収益だけを見る体質そのものは温存されていたとみることができる[4]。
決断
2017年10月の公表と「メイキング」
2017年10月8日、神鋼はアルミ・銅製品などの品質データ改ざんを公表した。長年にわたり製品検査データを顧客仕様に合わせて書き換えていたことが社内調査で明らかになり、不正品の納入先は自動車・鉄道・航空機・家電など500社を超えた。一部製品はJIS認証を取り消され、大口顧客であるトヨタ自動車やJR東海への報告は公表に先立つ9月21日に行われていた。社内で「メイキング」と呼ばれたこの書き換えは、特定の工場の逸脱ではなく複数拠点にまたがる常態化した行為であった[5][6]。
公表は株式市場を揺らした。神鋼株は9月中旬まで1,300円台半ばで推移していたが、10月16日には一時774円まで下落し、5,000億円近くあった時価総額のうち約2,000億円が失われた。ESG投資の優良銘柄として評価されていた企業の不正だっただけに、投資家の失望は「神戸製鋼ショック」とも呼ばれた。取引先の与信や海外顧客の損害賠償請求への懸念も広がり、影響額を見通せない状態が続いた[7]。
原因の認識と再発防止策
川崎博也会長兼社長は、2017年11月10日の再発防止策に関する記者会見で、原因について「各事業部門の収益がどうかだけを見ていて、品質管理など工場の生産活動に関する諸問題を把握できていなかった」と述べた。経営陣が重視したのは収益であり、品質はその後景に退いていたという自認であり、ガバナンスの欠落を裏づける説明となった。公表した再発防止策には、品質をコストや納期に優先する方針や、試験データの記録の自動化といった項目が並んだ[8]。
もっとも、掲げられた再発防止策の中身は、品質保証を事業部門から切り離すところまでは踏み込まなかった。品質保証部を事業部内に置く配置は基本的に維持され、識者からは自己監査の構造が温存されるとの疑問も呈された。「品質はコストや納期に優先する」といった文言が並ぶこと自体、そうした当たり前がそれまで守られていなかった裏返しでもあり、企業風土をどこまで作り替えられるかが問われる出発点となった[9]。
結果
外部調査委員会報告と経営刷新
2018年3月6日、弁護士らで構成する外部調査委員会が調査を終え、報告書が公表された。調査の過程で新たな不正が判明し、不正品の出荷先はグループ6社・複数部門を含めて合計600社超に膨らんだ。神鋼は同日、川崎博也会長兼社長が4月1日付で辞任し、副社長も退くと発表した。管理職数十人が処分され、改ざん問題の引責と経営刷新を兼ねた人事として、2018年4月に山口貢が社長に就任した[10][11]。
財務面では、公表のあった2018年3月期はむしろ数字が回復していた。連結売上高1兆8,811億円、営業利益889億円、純利益631億円と、前期の純損失から黒字へ転じている。鉄鋼市況の持ち直しが寄与した一方で、不正の代償はその後に本格化した。品質問題の対応費用や構造改革費用がのしかかり、2020年3月期には特別損失651億円を含む純損失680億円という、経営構造改革期で最大の赤字を計上している[12]。
司法・行政の決着と信頼再建の重さ
不正は刑事事件にも発展した。2018年7月、東京地検特捜部は法人としての神戸製鋼所を不正競争防止法違反(虚偽表示)の罪で立川簡裁に起訴した。2019年3月13日、立川簡裁は求刑通り罰金1億円の判決を言い渡し、裁判官は製造業全体への信頼を揺るがせた刑事責任は重いと述べ、納期を優先する企業風土や経営陣の品質コンプライアンス意識の不足に根ざした常習的な犯行だと指摘した。海外でも損害賠償請求訴訟が起こされ、米司法省が関連書類の提出を求めていた[13][14]。
山口貢体制は、品質問題の収束と並行して事業ポートフォリオの選別と電力事業の本格化を進めた。真岡発電所の営業運転を開始し、鉄鋼市況に左右されない安定収益源を育てる方向を明確にしている。名門素材メーカーの信頼失墜は、単年度の損失や罰金にとどまらず、収益優先で回してきた事業運営そのものを問い直す作業として、その後の再建に長く影を落とすこととなった[15]。
- 週刊東洋経済 2017年12月2日号「過去も不祥事だらけ それでも懲りない神鋼」
- 週刊東洋経済 2017年12月2日号「みずほは支援を表明も 金融界に募る不安」
- 週刊東洋経済 2017年12月2日号「神鋼は優良企業のはずが… 裏切られたESG投資家」
- 週刊東洋経済 2017年12月2日号「ISO偏重があだに 問われる『日本品質』」
- 週刊東洋経済 2018年5月12日号「『企業不正の研究』を書いた 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科教授 安岡孝司氏に聞く」
- 日本経済新聞(2018年3月6日)「神鋼社長・副社長辞任へ 品質不正、管理職数十人処分」
- 日本経済新聞(2019年3月13日)「『製造業への信頼揺るがせた』神戸製鋼に罰金1億円判決 データ不正巡り立川簡裁」
- 日本経済新聞(2019年7月18日)「神戸製鋼所、米司法省による品質不正の調査終了」
- 神戸製鋼所 有価証券報告書(連結・日本基準)